Nid d'amour
番外編というか『月や星を求めても』設定の単なるエロ小話という感じです。オメガの巣作りネタ。
「……っ」
ベッドに腰掛け本を読んでいたところ、急に体の奥から湧き上がった熱に、ユリウスはびくんと大きく身を震わせる。
アルベールが家事手伝いとして雇っていた女性がこの家を去って以来、寝室以外の場所でも過ごすようになったが、一番心穏やかに過ごせるのはやはりこの寝室だ。
体の奥に灯った熱はオメガとしての発情期の訪れだともう理解しているが、予兆なしにいきなり迎えるのは随分と久々だった。普段ならアルベールが予兆に目敏く気付き、傍に居てくれるのだが、今日はまだ本来の予定日よりだいぶ早い日付で、彼は城で騎士団長としての仕事をこなしている。帰ってくるのは早くても二時間以上後だろう。
幸いそれくらいの時間なら抑え込める薬を自分で開発していたから、それを飲んで彼の帰宅まで耐えようと考える。寝室に備え付けられたテーブルの上に置いた水差しからコップに水を注ぎ。テーブルの上にいくつか出していた粉薬の袋をひとつ摘み上げ、封を切って口に含む。水差しとコップは今日のような事態に備えてベッドの近くに常に準備しているもの。水はユリウス自身も交換しているが、気づけばアルベールがいつの間にか替えてくれている事が多かった。
水とともに薬を飲み込むと、体内を蝕む熱がいくらか治まっていく。普段ならこのままアルベールの帰宅をベッドで待つのだが。今日はどうにも気分が落ち着かず、覚束ない足取りで歩き出す。そして視界の端にアルベールが寝間着として身に付けているシャツが目に入って、それを手にする。仄かにアルベールの、番の匂いが残るシャツを抱き締めると、焦燥感が緩やかに収まっていく気がした。
「んぅっ」
ベッドの上、アルベールの私服や洗顔の際に使っている綿布などをかき集めた中心に、ユリウスはうつ伏せに寝転ぶ。そして体の上にはアルベールの外套ーオメガということがアルベールにばれて、彼に騎士団から離れるように告げられた日以来ずっとユリウスが持っていたものだから、アルベールの匂いは残っていないーを被せた。
番の所有物に囲まれて、心は随分と落ち着いたのだが、逆に体の熱は上がっている気がする。アルベールが、番が欲しい、彼に触れて欲しいという心とともに。
回数を服用したことで、薬の効果が弱まっているのかもしれない。飲み続けた薬に耐性がつくことは、多くはないだろうが珍しい現象でもない。新しい薬の開発の時期か、とぼうと霞む頭の隅でで考えるが、思考はすぐに散っていく。
アルベールの帰宅までにはまだ時間があり。
「……は、ぁっ」
体を侵食していく熱に耐えきれず、ユリウスの手は下肢を覆う衣服へと伸びていた。
「ただいま……ユリウス?」
帰宅して一階にユリウスの気配がないと分かり、アルベールは首を傾げる。普段、彼はアルベールの帰宅時は一階に降りて出迎えてくれるか、そうでなければキッチンで夕食を作っていることが多い。家事手伝いの女性が居る時は寝室に籠もり切りだったが、今は閉じこもる理由もないはず。
ユリウスの姿を求めて寝室のある二階への階段を登っていると。
「っ」
登り切る直前、彼の微かな息遣いが耳に届き。ユリウスが、番が確かにこの家に存在している事実に小さく息を零した。騎士団を去った彼を探し出しこの家で暮らし初めて暫く経った頃、家事手伝いの女性の言葉により、ユリウスは姿を消しかけたことがある。すぐに見つけ出して連れ戻したものの、二度と離したくないと思っていた番が家から消えた出来事はアルベールの中に大きな影を落としていた。だからこそいつも帰宅してユリウスがたしかにこの家に居てくれることに安堵する。
辿り着いた寝室の扉は僅かに開いていて。その隙間から見えた光景に。
「!」
アルベールの鼓動がどくんと跳ねた。
いつもなら帰宅を知らせるためにすぐに声を掛けるのだが。声を掛ければ今目の前に広がる光景はその瞬間終わってしまうと予想できたから。声と気配を潜め、扉の隙間を少し広げて、中の様子を窺う。その際扉がごく小さな音を立てて軋んだが、ユリウスが気付くことはなかった。
扉の向こうから漂ってくる心地よい甘い匂い、ユリウスがアルベールの運命の番である証しのそれによって下肢に熱が溜まっていくのを感じながらも、耐えてユリウスの姿を見つめる。
ベッドにうつ伏せたユリウスの体は、見覚えのある外套で覆われている。かつてアルベールがユリウスを宿屋に運んだ際、彼の身を包んだ外套だ。そしてその外套の合間から覗く彼の足は素足で、更に尻の丸みも見て取れて。上半身にはシャツを身に着けているが、下半身には何も纏っていないと分かる。
ベッドの上には外套の他にもアルベールの私物が、ユリウスの身を取り囲むように散らばっている。中には本来この部屋にはないはずのものもいくつかあって、それらは彼が部屋から出て集めたのだろう。
(オメガの巣作り、か……)
ヒート期のオメガはアルファの代わりを求め番の匂いがするものを集める習性があり、それをオメガの巣作りと称するのは少し前に知ったが、ユリウスの巣作りを見たのは今日が初めてだ。今まで見たことがなかったのは、代わりを必要とする時間が殆どなかったからだろう。アルベールはユリウスにヒートの予兆が出ると休みを取って彼の傍についていたから。短時間ならヒートによる発情を抑える薬も彼は持っていたはずだが、その短時間はもしかしたら過ぎていて、それ故の目の前の状況なのかもしれない。
ヒートによって湧き上がる情欲のせいだろう、ユリウスの足、普段は白いそれはほんのりと淡紅色に染まり小刻みに震えている。そして彼の手、その指は。
「ん、ぁっ」
外套に覆われ直接見ることは叶わなかったが、尻の狭間、蕾へと僅かに差し込まれていた。
オメガであるユリウスの男性器は幼い頃に成長を止めていて、全く感じないわけではないが後ろに比べると快感を拾いにくく、だから後ろを弄っているのだろう。けれど動きは酷くぎこちない。多分初めての行動だからだ。恐る恐るといった感じで浅く抜き差しされる指はユリウスに決定的な刺激をもたらす様子はなく。
「は、ぁ、ふっ」
けれどもどかしくも快感は覚えているようで、小さく開いた、艶の増した唇から喘ぎが零れ落ちている。
己の私物で作られた巣の中で快楽を求める番、ユリウス。そんな彼が愛おしく、可愛らしい。こんな番の姿を見る機会は滅多に無いだろうと。
アルベールは熱くなる体を抑え込み、ユリウスを見守っていたが。
「ある、べーるッ」
気配に気付いたのではなく、番の熱を欲して思わずといった感じで落とされた声に。
「ユリウス」
「!」
我慢が効かなくなり、部屋に足を踏み入れ、ベッドに近寄っていた。
「んっ」
ベッド脇にしゃがみ込み、ユリウスの顎を掴んで上向かせて口付ける。ユリウスはいきなりの番の登場に目を見開き、後ろを弄っていた指も抜いてしまっていたが、口内に舌を差し込み口付けを深くしていくと、その瞳はとろんと快楽に溶けていく。運命の番である自分達はヒート時はただ触れ合うだけでも多幸感に包まれるのだ。
アルベールも直接触れた番の熱と強くなった甘い匂いに、下肢が重くなり急速に硬さを増していくのを感じた。
唇を離し、ベッドの下方、ユリウスの剥き出しの下肢の近くへと乗り上げる。彼の体を覆う外套を取り払うことはせずに裾だけを捲くり上げ、尻を露わにして腰を少し上げる体勢を取らせて。己の下半身、その前を寛げ、勃ち上がり掛けている雄を尻の丸み、その狭間へと擦り付けた。
「んぅ、ふっ」
手元にあったシャツを掴みながら快楽に耐えるユリウスの抑えた喘ぎに、アルベールの体の奥の熱が、番と直接的に触れ合う幸福感とともに昂ぶっていく。後ろからの挿入にも似た形でユリウスの柔らかい尻肉へと擦り付けていた雄も、既に挿入に充分な硬さとなっていて。オメガの発情による内側からの体液とアルベールの先走りで濡れた尻孔は、張り詰めた雄で入口を擦る度に誘うようにひくついていた。
そのまますぐに繋がりたい気持ちを抑えて。
「ふ、ん、ぁっ」
柔らかく蕩けた蕾にまず指を挿入する。ユリウスはヒート時は受け入れる準備ができているからすぐに挿れても大丈夫とよく言ってくれるが、万が一にも彼が傷付くのは嫌だから、繋がるのは指で中を確認してからにしている。アルベールからユリウスの表情は残念ながら確認できなかったけれど、指を動かす度に腰が揺れ、肌が色付きを増していくのが視界に映し出された。
「……ユリウス」
中の肉襞を探っていた三本の指を引き抜き、後ろから耳元に囁いてから、改めて彼の腰を掴む。そして。
「ぁああーっ」
猛った雄を一気に奥まで挿入する。ユリウスがひときわ高い喘ぎとともに下肢をビクビクと震わせて、挿入の衝撃で達したのが伝わってきた。蕩けた蕾、その肉襞がアルベールの雄をきゅうときつく締め付け。更に濃度を増した番の甘い匂いにも快感を煽られ。
「くっ」
達しそうになるが何とか耐えて。
「はっ、ぁあ……っ」
力の抜けたユリウスの体を後ろから抱き寄せるようにして引きつけ、肉襞を掻き混ぜるように雄を打ち付ける。
「んんっ、ふぅ、んっ」
ユリウスの喘ぎが再び抑えられ、くぐもったものに変わる。どうやら手に掴んでいたシャツを口元に当てて耐えているようだ。
(……こういう喘ぎもそそられはするが……)
先程の挿入時のような、普段の彼からは想像できないような快楽を滲ませた甘い嬌声をまた聞きたいと。
「ぁ!」
アルベールは硬さと大きさを増した雄でユリウスの胎内を掻き回す。肉襞を強く擦り上げたり、時には先端で奥を優しく小突くような動きで、彼の内側を愛していく。
「ふ、く、んぅ…」
雄を包む熱い肉が一段と締め付けを増し、ユリウスの再びの限界が近いのをアルベールに知らせてくる。
一度浅い位置まで引き抜いてから、ぐっと奥を目掛けて挿入すると。
「ぁっ、あぁー」
ユリウスの唇から求めていた高い喘ぎが零れ落ちる。
「くっ」
同時に訪れた強烈な締め付けに今度は逆らわず、アルベールも蕾の奥へ、どくどくと精を吐き出した。
ずるりと音を立てて濡れた尻孔から雄を引き抜くが、一度だけでは足りない、今度はユリウスの顔を見ながら繋がりたいと思い、くたりと脱力している体をひっくり返すと。ユリウスの体を覆っていた外套がベッドからパサリと落ちる。
「あ」
思わずと言った感じで漏れた声とともに外套を追う彼の視線が僅かに寂しさを滲ませていたような気がしたから、落ちた外套を拾い上げて渡すと。
ユリウスが緩く幼さすら感じさせるあどけない笑みを浮かべて、胸の上で外套をきゅっと両手で抱き締めた。
離れている間、自分の持ち物であったこの外套が彼の心に少しでも安定を与えていたのなら嬉しいと思いつつ。
乱れた長い髪を整えるように撫でた後、唇を重ねて。
再び繋がるために、アルベールはユリウスの下肢へと手を伸ばす。
ヒートの証でもある甘い匂いは幾分弱くなったもののまだ漂っていて、ユリウスから行為を続けることへの抵抗はなかった。
「ユリウス」
「……」
行為の後、ユリウスはアルベールの私物で作った巣の中で彼の外套を頭から被って丸くなっていた。ヒート時の発情自体は何度も見られていて慣れていても、自分で弄っているところ、しかも後ろを弄りながら彼の名前を呼ぶところを見られるとは、と。行為を終えて冷静になった意識の中で後悔しているところだ。羞恥ゆえに身を隠すなど自分らしくないと思いつつも、そのらしくない行動をしてしまうくらいには恥ずかしかったのだ。
ベッドの上からアルベールは追い出し済みだったのだが。
「!」
当然部屋には居て、外套ごとひょいと抱え上げられてしまう。抱えられた拍子に外套が肩までずり落ち、羞恥で赤く染まった顔が露わになってしまった。
アルベールの唇が額や頬にキスを落とし。
「巣の中のユリウス、可愛かったな」
なんて言われてしまい、余計恥ずかしさが募る。『巣の中のユリウス』というのは行為後ではなく彼が帰ってきた時のことだろう。つい先程までの状況も含んでいる可能性もあるけれど。
「……声を掛けないなんて、君はずいぶんと悪趣味だねえ」
ジト目とともに告げるが、アルベールが堪えた様子はなく。それどころか。
「番の珍しい姿を見たいって思うのは当たり前だろう」
と真顔で返されて。普段ならともかく、こういう場面での彼の口には勝てそうにないと深い溜息をひとつ零した。
もっともアルベールの、番の口から己への想いが感じられる言葉を聞くのは、本当は嫌ではない。育ってきた環境からかいまいち素直に受け止め切れないだけで。
それにこの身が彼の運命の違いであることを、彼自身がはっきりと認めてくれていなければ、求めてくれていなければ。己は彼の隣に在り続ける道を選ぶことはなかっただろう。
ベッドの上にちらと視線を送る。作った巣は少し勿体ない気はするが、今は求める本物がすぐ傍に存在していて。そして明日からもヒートが治まるまでアルベールはずっと近くに居てくれるはずだからもう必要ないだろう。洗濯して元の場所に戻しておかなければ。
纏っている外套だけは、彼と離れている間、耳飾りと首飾りが繊細なチェーンで繋がったあの宝飾品とともに自分の心を支えてくれたこれだけは。アルベールが求めなければ返すことはせずにまた自分用のクローゼットに仕舞っておくつもりだけど。
そんなことを思いながら、ユリウスはアルベールの腕の中で重くなってきた瞼を下ろした。優しく髪を撫でる番の手を感じながら。
体にはまだ行為の後が色濃く残っているが、その後始末はアルベールがしてくれるだろう、いつものように。