「promising future」 本文サンプル
*注意書き*
冬のアルユリ。20代後半~30代前半の二人の話。
・元部下の結婚式で関係を深めた二人が、騎士団を引退して元部下の故郷である少し不思議な村でスローライフを送る話です。
・元部下の他に一人、やや目立つモブ少女が出てきます。
・元部下とユリウス、少女とユリウスの会話がそれなりの量あります。
・ユリウス男体妊娠ネタと一時的なふたなり化を含みます。
・ふたなり状態でのHシーンも1回あり。
・いつものごとく自己設定と妄想満載です。
・お空的にはクリスマスは『聖夜』だとは思うのですが、この本に出てくるクリスマスは夜の話ではないので聖夜という名称は使いづらかったためクリスマスと表現しています。
・今まで出したアルユリ本2冊が優しい話とは言えなかったので、優しい話を書きたいという想いで作った本になります。
P4~
「寒くないか?」
「平気だよ。君のほうが薄着に見えるがねえ」
俺はこれで大丈夫だと答えるアルベールに、ユリウスは。
「君の体温は子供並だったね、そういえば」
と返す。
アルベールは何か言いたげな表情ではあったが、結局その話題は続けず。寒空に視線を向けながら、そろそろ約束の時間だな、と呟いた。
彼もユリウスもコートを羽織っているが、彼のコートはユリウスが身に着けているものより生地が薄い。
二人が立っているのは城からやや離れた人気のない通り。ここに迎えが来ることになっているのだ。
「おや、どうやら来たようだよ」
ユリウスの視界に馬車の影が見え始め、迎えの訪れを知らせる。
今日はこれから、数年前に騎士団を退団した元団員の、故郷で開かれる結婚式に向かうことになっていた。
「……あれ、本人じゃないか?」
「え……ああ、そうみたいだねえ」
馬車を操っているのは元団員その人だ。式を間近に控えた彼ではなく使いの者が来ると思っていたから、ユリウスは少し驚いた。隣に立つアルベールもおそらくは同じ気持ちだろう。
馬車の御者席に座る彼はユリウスの研究の補助員で、騎士団ではアルベールよりユリウスと過ごした時間のほうが長い。だからこそ結婚式の招待状も騎士団長であるアルベールだけでなく、ユリウスにも送られてきたのだろう。
「ずいぶん早いし、変わった馬だな」
アルベールの言葉で、ユリウスは初めて馬車を牽く馬に注目する。普通の馬より一回り大きく見える体はぼんやりと発光しているかのように青白く、鬣はまるで青い炎のように揺らめいていた。
(あれはまさか……)
ユリウスが馬の正体に思い当たると同時に。
「あれは魔物、か?」
アルベールが答えを口にした。そしてその身に緊張を走らせる。背にユリウスを庇いながら。
「……親友殿、あれは私たちの知識では確かに魔物だが。敵意は感じないし彼に従順に従っているように見える。だから大丈夫だよ」
星晶獣を身に宿した効果か、何となく感覚で魔物の敵意などは分かるようになっている。とっさに自分を庇うアルベールに少し呆れながら伝えるが、彼の行動自体が嫌な訳ではなかった。それを言葉にする気はないが。
「そう、だな。お前がそう言うなら」
戦闘態勢を解いたアルベールに頷いて、ユリウスは部下の操る馬車の到着を待った。
(手紙にも暖かい服の準備をお願いしますと書いてあったが、本当に寒さが厳しい場所みたいだねえ……。名前を聞いたことのない村だったが)
国内の構成はほぼ把握していると思っていたユリウスだが、手紙に記されていた村は記憶の中にはない。ごく一部の物好きな観光客以外には知られていない小さな村ですとも付け加えられていて。それ故に国が把握していないのかもしれないと考える。今まで村の人々が国の支配を受けずに平和に過ごしてきたのならば、今更口出しする必要はないだろうし、その立場にもない。自分達、ユリウスだけでなくアルベールもそろそろ引退を考え、仕事はほぼ後進に託している。一応まだアルベールは団長で、ユリウスも室長の肩書きは持ったままだがほぼ形だけ。だからこそ数日間泊まり掛けの招待を憂いなく受けたのだ。
アルベールとともに馬車に乗り込み、まず目についたのは馬車の真ん中に設置された円柱状の暖房器具。これが設置されているのは主に雪国で使用される馬車。どうやらこれから向かう先は、天候すらレヴィオンという国の支配は受けていないようだ。
最初アルベールとは向かい合って座るつもりだったユリウスだが、彼に隣に来るように手招かれ。そしてこれから暫く馬車に乗り続けるのならば馬車の進行方向と同じ向きで座ったほうが酔う可能性も幾分減らせるとも考えて。アルベールと横並びに座った。すぐ隣ではなく充分に間を空けて。その際向けられたアルベールの瞳には気付かないふりをした。
馬についてはアルベールが部下に尋ねて既に答えは貰っている。確かに魔物だが、彼の村では普通に馬として使われているらしい。体力もあるし早いから普通の馬より可愛がられているかもしれません、と彼は笑っていた。小さい頃から慣れ親しんでいる生物だから、魔物だというのは騎士団に入団して、ユリウス様の蔵書を読ませてもらうまで知りませんでした、とも。研究用にと部下たちに開放しているユリウスの書物の中には、魔物図鑑に当たるものもある。彼はそれを読んで馬の正体を知ったのだろう。
「お二人、特にアルベール団長は大丈夫と思いますが、窓から外を見て速さに酔う人もいるので一応気を付けてくださいね」
そう言い残し彼は扉を閉めて、程なくして馬車が動き出す。一つだけ、アルベールが座った側にしかない馬車の窓は濃い臙脂色のカーテンで覆われていた。
途中何かの障害物に引っ掛かることもなく、馬車の旅は順調だ。
「今どの辺りなんだろうな」
アルベールが閉じられたカーテンを少し開け、つられるようにユリウスも窓に顔を向けて。
「!?」
窓から見える外の景色、その流れる速度に混乱した。一頭の馬をかなりの乗り手が全速力で走らせているのとほぼ変わらない速さだ。軽い目眩を感じ、くらりと傾いだ体が、伸びてきたアルベールの腕に支えられ、彼の肩に頭を預けるかたちになる。
「……この速度で走って周りは大丈夫なのかい?」
アルベールにもう大丈夫だと告げて身を離し、御者席へ問い掛ける。馬を操る元部下には聞こえないかとも思ったが、たしか彼は耳が良かったはずだ。
「幸いうちの村へ向かう道程でそう人気の多い場所を通る必要もないし、こいつらは人の気配を避けるのも得意なんで」
返ってきた言葉に安堵の息を吐いて、ユリウスは体の強張りを解いた。馬車とは思えない速度に己の体が驚いたのも確かだったが、それよりも道を歩く人々への影響のほうが心配だったのだ。
「ようこそ」
村に着いてまず出迎えてくれたのは元部下の家族、彼の父と妹の二人。俺は馬車を仕舞ってこいつらに餌やってから戻るんで、と踵を返す元部下の代わりに彼の父の先導で、ユリウスはアルベールと並んで村の中を歩く。
そして案内されたのは彼らの暮らす家。家の中では二人の女性が食事の用意をしていた。元部下の母と、彼の結婚相手だと紹介を受ける。まだ正式には家族となっていないはずだが、既に家族同然の扱いを受けているようで、彼女は近く義母となる相手と仲良く並んで鍋の様子を見ていた。こちらに気付くと女性たちが深く頭を下げてくる。
彼らと軽く挨拶を交わしていると、元部下が戻ってきて、皆で食事をすることになった。辿り着くのは夜の闇が下りる頃になるかと思っていたが、並外れた速度の馬車のお陰でまだ夕方だ。
元部下の妹はシチューを掬ったスプーンを口に運びながら、ユリウスの隣に座るアルベールへとチラチラと視線を送っている。彼が女性から熱い視線を向けられるのはいつものことだから、ユリウスは特に気にせずに食事を進める。彼女の瞳にはたまに自分も映っているように見えたが、多分気のせいだろう。
元部下の母が焼いたという素朴な優しい味がするパンと、ミルクの味が濃いシチューはユリウスの好みに合った。アルベールも食べるスピードからして味は気に入っているのだろうが、この量では彼には少し物足りないのではと考え。シチューとは別に置かれていたこんがり焼かれたベーコンの皿を彼の方に密かに押しやる。意図を理解したらしいアルベールはユリウス以外の誰にも気付かれずに素早くベーコンを胃の中に収めていた。
「暖かい格好をして、お二人で少し外を見て回られては。その間に滞在中に使っていただく家を整えておきますので」
食後に出された温かい紅茶を飲み終えたところに元部下の母親からそんな言葉を掛けられる。この家に大人の男二人が泊まれる余分なスペースはなさそうだと思っていたが、どうやら別に泊まる場所を用意してくれているらしい。
(なにか珍しいものでも見れるのかねえ)
「分かりました。行こうユリウス」
アルベールが立ち上がったから、ユリウスも椅子から身を起こす。
「あ、じゃあ私が案内っ」
「邪魔すんな」
妹が言いかけた台詞を、兄である元部下は彼女の頭を軽く叩いて止めていた。
「これは……」
「見事、だねえ」
元部下が差し出したフード付きの上着を羽織って外に出て、フードの理由をすぐに知ることとなった。自分達がこの村に到着した際、雪は降っていなかったはずだが、いつの間に降り始めたのか。今視界に映っているのは銀世界だ。吹雪などの厳しいものではなく緩やかに雪が降り注ぐ、穏やかで静かな情景。そしてその白銀の中を、ところどころ、あの魔物の馬が鬣をぼんやりと光らせながらのんびりと歩いている。薔薇のような植物が雪を受けて白くなっている様子も見て取れた。まるでおとぎ話に出てくるような景色だ。
(美しいとは思うし、珍しい景観に感動はあるが……)
男二人に勧めるようなもの、だろうか。この光景に相応しいのは親友という関係の人物二人ではなく、恋人という関係の二人ではないか。自分達の親友としての仲を知っている者は多いが、親友としてはとてもしない行為までしている関係だというのは知っている者はいないと思っていたが。もしかしたら元部下は自分たちの関係に気付いているのかもしれない。
(もっともその関係もいつまで続くかは分からないが……)
少し歩こう、とアルベールから差し出された手に。
「そう、だね」
自分たち以外の気配が近くにないのを確認してから。
ユリウスは己の手のひらをゆっくりと重ねた。
「こちらです」
散策を終えところで、滞在するための家に元部下が案内してくれる。ユリウスはアルベールと横並びで歩いた。当然手はもう繋いでいない。
着いたのはそれなりの大きさの一軒家。民家が集中している場所からはやや離れていて、落ち着いて過ごせそうだ。
家の中はすぐ生活できるように整えられていて、既に暖炉にも火が入っていた。食材も充分に蓄えているからそれも自由に使っていただいて構いません、一応村には何軒か食事処もありますからそこをご利用いただいても、と言い残して頭を下げた元部下は彼の家へと帰っていった。
「俺としてはお前の作ったものが食べれる機会があれば嬉しいんだが」
元部下の姿が見えなくなってから、アルベールがぽつりと零す。ここ暫く彼に料理を作っていなかったなと思い当たり。
「一応は善処しよう」
ユリウスはそう返した。夜には必ず雪が降るからか教えてもらった店の閉店時間は早めで、だから作る機会は多分訪れるだろうと思いながら。
「……ユリウス」
風呂上がりのアルベールに背後から抱きしめられる。彼が身に付けているのは用意されていた厚手のガウンのみ。ユリウスも先程入浴を済ませていて、やはりガウンだけを身に纏っていた。
アルベールの声は低く掠れていて、その声音には欲が混じっている。小さく頷くと、アルベールはユリウスの手を引いて歩き出す。辿り着いたのは寝室。寝室は二つあって、片方は普通の一人サイズのベッド。もう一つは一人用にしてはやや大きめのベッドが置いてあり、アルベールが向かったのは大きめのベッドが置いてあるほうだった。
アルベールの腕がユリウスのガウンを剥ぎ取り、そして彼自身もそれを脱ぎ捨てて。
「っ」
ユリウスはベッドの上にうつ伏せに押し倒された。
寝間着を着込まずガウン一枚で過ごしていたのは、こうなる予感があったからだ。
アルベールの手がユリウスの長い髪を掻き分け、その唇が背中へ落ちる。腰周辺の肌を強く唇で吸われると、体がぴくんと震えた。
「ふ、ぁ」
下肢にアルベールの手が伸び、膝を立てる体勢を取らされ、性器を軽く握り込まれ扱かれて。
「ぁ、あ」
抑え切れなかった喘ぎが零れる。アルベールの手は暫くユリウスの性器を弄っていたが。
「……んぁ」
先端から零れる先走りを指の腹で拭った後、決定的な刺激を与える前に離れていく。もどかしげに腰が揺れて、手が下肢に伸びそうになるが。その前に。
「ひぁ!」
次の刺激が与えられた。アルベールに向かって突き出された腰、尻の奥、小さな穴に侵入した指によって。差し込まれた一本の指がぐるりと中を掻き回す。
「ぁひ、んっ」
中の酷く敏感な部分を指が掠めて、はしたないと思いながらも嬌声を上げる。
慣れていなければ侵入してきた異物に不快感を覚える行為なのだろうが、生憎ユリウスの体は慣れ切っている。彼との行為は久し振りではあったが、体に刻み込まれた記憶が消えるほどではない。アルベールと初めて体を繋いだのはまだ十代の頃で、その後も何度となく抱かれ続けているのだから。
くちゅ、と音を立てて指が増やされる。傷付けないようにか慎重に増やされていった三本の指はユリウスの中を押し広げて。肉襞が柔らかく蕩け、ぐちゅぐちゅと淫らな音を立て始めた頃合いで。
「ぁあっ」
勢いよく引き抜かれる。その際にも敏感な部分を擦り上げられて、四足の獣のように突き出した腰から足先までがびくびくと震える。まだ達してはいないものの、性器から零れる先走りは足の間のシーツ上に小さな水たまりを作っていた。
「っ」
ひくひくと震える尻穴に熱く硬いものが宛てがわれる。アルベールの雄、だ。何度も繋がったとはいえ、彼の勃起した性器の大きさには未だに慣れないし、挿入時には痛みもある。けれど。
「くぁああ」
後ろからずぶりと音を立てて貫かれて。ユリウスは痛みと同時に強烈な快感にも襲われて。下肢、その中心から精を吹き出した。
シーツの上に力なく落としていたユリウスの腕をアルベールの手が掴み引き寄せる。
「あ、あ……ぁひ、ん!」
上体が起こされ、尻がアルベールの雄を更に深く飲み込むかたちになって。熱い太い杭で全身を貫かれるような感覚に。
「ぁあ、あ」
ユリウスは喘ぎを漏らす。勢いはない声だったが、その声色には確かに快楽が滲んでいて。中心もまた勃ち上がっていた。
「ひぁあ」
激しく突かれ揺さぶられ、再びの絶頂を迎える。直後。
「っく」
アルベールの抑えた声と同時に尻の奥にどくどくと熱が注がれた。
「んぁ」
後ろに引っ張られていた腕も解放され、ユリウスはアルベールの精が己の中で広がる感触に身を震わせながら。ベッドに上半身を投げ出した。
「しんゆうどの?」
アルベールの雄はまだ体内にあり、後ろを振り返って、喘ぎすぎて掠れた声で問い掛けると。
「ぁくっ……!」
右足を掴まれ、繋がったまま体をぐるりとひっくり返された。反動で尻の中がアルベールの雄に擦られて、ぐちゅりと音を立てる。
「……ユリウス」
向き合う形になったアルベールが体を倒してユリウスの耳元で足りない、と囁いて。
「ぁ、あ」
再び揺さぶられる。アルベールのものはすぐに硬さと大きさを取り戻し。
「ぁひ!」
精で濡れた尻穴、先程までの挿入で解れた肉襞を、張り詰めた雄で擦られる感触、自らの奥が淫らな音を立てて彼を受け止める様子に。ユリウスの意識もまた快楽へと蕩けていった。
アルベールの腕の中から抜け出し、適当にシャツを羽織り重い体を引き摺って、窓の前に立つ。精に濡れたはずの体は綺麗になっていて、いつものように彼が後始末をしてくれたことを知らせていた。
閉じられたカーテンを少しだけ開けると、窓の向こうには白い雪と淡く光る月だけしかない幻想的な世界が広がっている。馬の姿も今は見えなかった。眠りに就いているのだろう。
恐ろしいほど静かで、その静けさがまるで世界に二人だけしか存在していないような錯覚を起こさせる。そんなはずはないのに。
部屋の中へ視線を戻しアルベールを見る。寝息を立てる彼が起きる気配はない。
再び外へ顔を向けて、月を瞳に映しながら。
ユリウスはアルベールと初めて体を重ねた日を思い返す。
初めての行為は、想いを重ね合った故のものではなかった。
ユリウスには良くわからない感覚だが、戦士には戦いの消化不良を別の熱で発散することがあるというのは知識として知っていて。そしてあの日のアルベールもその消化不良を起こしていた。
親友と呼び合うようになって暫く経った頃内乱が起こり、アルベールとともにユリウスも制圧に向かい。そしてその乱はアルベールの武力によって呆気なく収まった。ユリウスはただ彼が相手を無力化していくのを見ていただけ。そしてその夜、アルベールの様子は少し変で、それが戦う者特有の欲求不満だと気付いたから。彼に提案した。
「君が私の体で興奮できるならば、だが」
と前置きして。
アルベールの相手をしたい女性は山のように居るだろうが、この状況で彼女たちを近付けるのは危険だ。娼館などの本来ならば後腐れのないはずの女性を宛てがうのも避けたほうが良い。今の半ば正気を失っている彼相手ならば、娼婦のルールを破って子供を成そうとする者が居てもおかしくはない。そして彼は責任感が強いから、子供を成してしまえばその相手を必ず娶るだろう。国としてもそんな状況は好ましくない。この身ならば何も危惧もなく、また多少乱暴にされても傷付くことはない。だからそんな提案をして。
そしてアルベールに抱かれた。その日一度だけでなく、彼から求められて何度も。初めは痛みだけしか感じなかった体が、貫かれる悦びに目覚めてしまうほどに何度も何回も。
ただ体を差し出したわけではなく、ユリウスにも密かな思惑があった。もっとも彼との関係が表沙汰にならなければ意味を成さないもので。ユリウス自身この関係を誰かに伝える気などないから、殆ど意味のないものではあったが。
(もし万が一、父……王が知ったら)
父の信の厚いアルベールと己が関係を持っていると知ったら。想いによって結ばれた関係ではないけれどそれでも。父に何かしらの感情を抱かせるのではないかという、歪んだ思惑。結局自らの手で王の命を奪うことになり、思惑も立ち消えたけれど。
アルベールとの体の関係は心を通わせた末のものではないから、国を離れる際にアルベールの存在は完全な重りにはならなかった。親友としては充分に気に掛かる存在で、友として大切にされているとも感じていて、自分の心が彼に伝わらなかった時はひどく傷付いたりもしたけれど。この身を国へと縛るほどの存在にはならなかった。しかし。
自覚したのはユリウスが国を離れてからだが、彼の方はずっと想いと共にこの体を抱いていたのだと、再び彼の隣で生きていくのを決めた後に告げられて。
その気持は嬉しかったし、受け入れて。恋人と言える関係になった。そして、柄にもなく浮かれていた。誰かに特別に愛されるなんて、虐げられ続けたこの身にはただそれだけで過度な幸福で。恋人同士の『普通』なんてよく知らなかったから。その日々に溺れて、中々気付けなかった。
彼が、アルベールが、形あるもの、恋人へのプレゼントとしては定番な装飾品などを贈ることを避けている状況に。
(元から私がこの体を便利に使って良いと提案して始まった関係だ……)
彼の性格からして一度手を出したものを簡単に放り出す気にはならないだろう。
最初は彼の想いを疑う気などなかった。しかし、気付いてしまった事実は、ユリウスの心をじわじわと侵食していく。
それにアルベールから告げられた想いは、共に国を盛り立てていって欲しい、そのためのパートナーになって欲しいという側面が強かった。
(……そしてその役目はもう終わっている)
ユリウスの異母弟である、かつてレヴィオン新王と呼ばれた彼はもう新王ではなく立派な国王陛下だ。国王を支える次代の家臣も優秀な者たちが揃った。だからこそユリウスもアルベールも、近い内に一線を退くと決めている。
己との関係を続けながら他の者を想うほど、アルベールが器用な男だとは思わない。けれどきっと。彼自身が気付いていないだけで、無意識に想い続けている存在が、形あるものを贈りたい存在が居るのだと感じている。しかし。
それを自分から気付かせるような行動は、別れを切り出すような言葉は口にできなかった。
アルベールから受け取った想いはこの体に満ちて、彼を離したくないと叫んでいる。
だから彼が気付く日が、ただ遅くなることを願うだけ、だった。表向きはいつも通り、今まで通りに皮肉やからかいを含んだ態度を彼に向けながら。
「……ユリウス?」
「っ」
いつの間に起きたのか、すぐ後ろにアルベールが立っている。そして。
「ぁっ」
肩に噛み付くように口付けられた。
ユリウスが今着ているのはは寝間着として持ってきたシャツ一枚のみ。ボタンも止めず軽く引っ掛けた状態で、片方の肩はアルベールに口付けられた際に剥き出しになっている。そのシャツの裾を軽く捲くりあげられる感触の後に、まだ柔らかい尻穴へと指が差し込まれた。アルベールは完全に裸だ。
あの事実に気付くまでは彼の求めを体が保たないという理由などで拒否することもあったが、気付いてしまってからは。
口で文句を言うことはあるが、結局最終的に求めには全て応えるようになっていて。カーテンを閉め、壁に手をつき。
アルベールの行動をただ、ユリウスは受け入れた。
P18~
結婚式が終わった夜、アルベールはユリウスに一緒に寝ないかと誘ってきた。体を繋いだ時以外は別のベッドで寝ていたから、行為を前提とした誘いだと思ったが、アルベールはただユリウスと同じベッドで並んで眠ることのみを求めてきて。断る理由も思い付かなかったから頷いた。
二人でベッドに入り、お休みの言葉を交わして目を閉じると。アルベールの唇が頬にふわりと触れる感触があって。その温度はすぐに離れていった。
明日はクリスマス。
ユリウスには余り良い思い出がない日だ。アルベールと出会ってからは優しい想い出も増えてきてはいたけれど。
(え?)
翌朝、ユリウスが目覚めた時アルベールは既にベッドには居なかった。代わりに。
(何故これがここに?)
枕元に箱が置かれていた。この箱はアルベールがあの工房で受け取っていたものではないのか。それが何故己の枕元にあるのか。
(……まさか私宛て、なのか?)
身を起こしベッド端に腰掛けて箱を膝に抱え、開けて良いのだろうかと悩んでいると。寝室のドアがゆっくりと開いて、アルベールが戻ってきたことを伝える。
「随分早起きだね、親友殿」
「ああ……ちょっとな」
「?」
アルベールの表情にはやや緊張が見える気がする。そして彼の視線が部屋を彷徨った後、ユリウスの膝の上、箱に向けられた。
「……これは私へ、なのかい?」
小さく尋ねると。
「……ああ」
確かに肯定の言葉が返ってきた。
呆然と箱を眺めていると。
「ユリウス」
近寄って来たアルベールの手によって、改めて箱を差し出された。これはお前のものだと示すように。
「開けても?」
受け取って尋ねると頷かれる。
アルベールから渡された箱の中に入っていたのは。
……繊細で美しいガラス細工、だった。あの工房に置かれていたどのガラス細工よりも美しいのではないだろうか。
透明度の高いガラスで作られた二輪の薔薇が寄り添い、その薔薇の一つには蝶がとまっていて、そして。蝶の翅の先には一見シンプルな、けれどよく見ると細かい透かし彫りの入った指輪が無造作に引っ掛けられている。薔薇の花びらにはそれぞれ、アルベールの髪とユリウスの髪に近い色ガラスが使われていた。
これはどういう趣旨で贈られたものなのか。
(単なるクリスマスプレゼントか? それとも……)
単にクリスマスプレゼントだとしても、充分な意味を持つものだ。何せ子供時代にクリスマスプレゼントを贈られたことなどないし、アルベールからもこういう種のプレゼントは初めてなのだから。
細工を見つめながらアルベールからの言葉を待っていると。
「……このガラス細工、村では特別な意味を持つものらしくてだな……」
その意味は『彼』に聞いてくれ、と言い残して。アルベールは部屋を出てしまった。窓から彼の姿を追うと、家のすぐ傍に魔物の馬を連れた元部下が立っていて。アルベールは元部下から手綱を受け取り、体を軽く跳ね上げて馬の背に跨った。少し走ってくるつもりのようだ。
馬を見事に操るアルベールの姿が視界から遠くなった頃合いで、ユリウスも着替えて外に出る。ガラス細工の意味を尋ねるために。
「ユリウス様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「あ、それアルベール団長渡したんですね。だからさっきちょっと緊張気味だったのか」
ユリウスの持つ箱の正体を、彼は既に知っているらしい。
「親友殿にこの箱の中身の細工、その意味を君から聞くように言われたんだが……」
言いながら箱を開け、彼に差し出すようにして中身を見せる。
「うわこれ多分あの工房で一番高いガラス使ってる。団長気合入ってんな~まぁ当たり前っちゃ当たり前か」
箱の中身を確認した彼が驚いたと同時に納得もしたような声を上げる。
「?」
言葉や態度の意味が分からず細工と彼を交互に見つめていると。
「あ、この細工はですね」
ユリウスの疑問に気付いた彼は少し慌てた様子で細工の説明を始めてくれた。
(……村に伝わる伝統的なプロポーズ方法……)
薔薇の花弁に自分と相手を思わせる色ガラスを使い、それを想い人に渡して答えをもらうのが、昔からこの村では一般的な求婚方法らしい。
サンプルを読んでくださり有難うございました!
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