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​月や星を求めても 前編 1 2 3 4 5 6

*18歳未満(高校生含む)の方の閲覧はご遠慮ください*

 己の気持ちはもう自覚した。しかしユリウスをすぐに探しに出ることは、アルベールの立場が許さなかった。ユリウスが今までやっていた仕事をそれなりになら引き継げる人物は何人か居る。けれど彼のように新たな商品を開発するような頭脳を持った人間は、今の騎士団には存在しなかった。
 ユリウスが姿を消した事実は国王や彼の養父母である公爵夫妻には知らせていない。元から彼らはユリウスへの関心は大きくないが、ユリウス主導で騎士団が担っていた開発事業が遅れれば気付かれてしまうかもしれない。だからこそユリウスの完全な代わりは無理だろうが、少しでも彼に近い頭脳を持つ人間も、アルベールは探さなければならなかった。彼ほど優秀な頭脳を持つ者は中々見つからないだろうとも思っていたし、彼を探し出し連れ帰り、騎士団の中には戻せなくとも協力を頼むのが最善だとも考えていたが。
 ユリウスの代わりとなる人物を探しながら、同時に密かにユリウスの行方を探らせてはいた。捜索に騎士団の力は使えない。何故なら団員たちへはユリウスは長期の遠征任務に就いていると伝えているからだ。
 ユリウスはオメガとしてのヒートを迎えた状況で、自分の身が国王や公爵夫妻に利用されるのを厭うていたように感じた。そしてそれはアルベールにとっても本意ではない。彼への想いを自覚した今は、その体が本人の意思を無視して利用されてしまうことに嫌悪すら感じている。だからユリウスが騎士団所属ではなくなったことは、アルベールとマイムたち三姉妹しか知らない。
(……今回も収穫は無し、か)
 書類処理の合間、届けられた黒い封筒、その中身を見て溜息を零す。黒い封筒は便利屋とでも言うべき商売をしている者から。ユリウスの探索に騎士団の力が使えない今、アルベールはその便利屋にかなりの額の金を払ってユリウスの行方を追ってもらっていた。彼らの目は裏の世界にも張り巡らされている。にも関わらず依頼してそれなりの時間が経つというのに、収穫はまだない。
 手紙を封筒ごと燃やして炭と化したそれをゴミ箱に投げ捨てた後、アルベールは立ち上がった。やるべき仕事は溜まっているが、この心境で続けても捗りそうになく、少しだけ息抜きに剣を振ろうと思ったのだ。
 部屋のドアを開けると、少し離れたところに立っている団員と視線が合った。
(確か昨日も何か言いたげにしていたようだが……)
 記憶が正しければこちらを見ている団員は比較的最近入団した人物だ。ユリウスとの面識は辛うじてあったくらいの時期に入って来たと記憶している。今日も彼の視線からは何かを感じたが、結局彼は頭を下げて踵を返してしまった。
(話を、聞いた方が良いかもしれないな)
 アルベールの勘がそう告げる。何となくユリウスに関係することを彼が知っているのではないかと、そう感じたのだ。勘が外れて普通の、仕事上の悩み相談かもしれないがそれはそれで騎士団長として受けるのは義務だろう。だから。
 アルベールは彼の名前を記憶の中から引き出して、訓練場へ向かう途中見掛けたマイムへ彼と話す機会の手配を頼んだ。

「あの……ユリウス様は騎士団の仕事で城を離れていらっしゃるんですよね?」
(っ)
 向かいのソファに座り緊張気味に膝の上で拳を握った青年の唇から漏れた言葉に、アルベールは自身の勘が当たっていたのだと理解する。内心の動揺を悟られないように、そうだがどうかしたのか? と告げてテーブルの上に置いたカップを持ち上げ紅茶で舌を湿らせた。
 青年の前にも同じ紅茶が入ったカップが置いてあるが、彼はまだ手を付けていない。紅茶にはほんの少しだけ酒を含ませている。ワインも良いがこの紅茶に加えるならこのブランデーだねえとユリウスが以前淹れてくれたそれと同じもの。まだ執務が残っているようだし本格的に酒は飲まない方が良いだろうが、このくらいならリラックスも出来ると思わないかい? という言葉と共に。あの頃は立て続けに内乱が起こり、それを治めるために奔走している時期だったから、その疲れを癒やすための彼の気遣いでもあったのだろう。
 紅茶を淹れる腕はユリウスには到底叶わないので、今飲んでいる紅茶は残念ながらあの時の完全な再現とはなっていない。
 アルベールも青年も今日の仕事を終え、その後に設けられた席だった。
 アルベールがゆっくりと紅茶を味わっているのを見て、幾分緊張が解けたのか、青年も紅茶のカップに手を伸ばした。ひとくち飲んだ後深く息を吐いて、その視線が戸惑いを含んでアルベールを見る。
「……見間違い、かもしれませんが。騎士団の、いや国の目が届かない『果ての村』でユリウス様を見掛けた気がして。俺の実家、あの村からそう遠くなくて」
 でも仕事だったらあの村のあんな場所に居るはずないのに、と思って。
「あんな場所?」
 果ての村という寂れた場所を指しての言葉かと思ったが、その場合あんな場所と付け加える必要はないだろう。
 アルベールから視線を外し、紅茶のカップ、その揺れる湖面に顔を向けた彼が消え入りそうな声で呟く。勘違い、だと、見間違い、だと思うんです。でももしそうではなかったら……何か問題が起きててそれを騎士団に伝えることが出来ないんじゃないかって。
 要領を得ない呟きにアルベールの心が焦れる。けれどすぐに答えは齎された。
「……あの村の娼館と思わしき建物に入って行ったんです、その……ユリウス様によく似た方が」
「っ」
 その言葉はアルベールに大いに動揺を与えたが、幸い俯き紅茶にばかり目線を向けていた青年には気付かれなかったようだ。
「……そうだな、確かに何か問題が起こったのかもしれない。調べてみよう」
 動揺を隠し騎士団長の顔でそう告げると、彼は安心したようにお願いします、と頭を下げた。


(……ユリウスが娼館に?)
 自分以外の、他の団員に彼が汚されるのが嫌で彼の騎士団に残りたいという意思を拒絶したのに、想いを自覚したのに。彼は今娼館に身を寄せている可能性があるという。その事実はアルベールの心を打ちのめした。
 彼がいつ頃『果の村』と呼ばれる場所に辿り着いて、いつ頃から娼館に身を寄せているのかは分からない。けれど、まだ誰にもその身を拓いていない可能性は酷く低いだろうと思い至って、心が冷えて行く。
(早く取り戻さなければ……)
 自分以外に彼が汚される回数が少しでも減るように。
 村の場所は青年の話から大体把握した。すぐにでも向かいたかったが、ユリウスはおそらくかなりの覚悟を決めて騎士団から去ったのだ。ただ戻って来て欲しいというアルベールの想いだけでは彼を取り戻すのは無理だろう。彼が帰って来ても良いと思える、説得できるだけの環境を整えなければ。
(家を、買うか)
 アルベールは個人の家を所有していない。城に自分の私室を持つことを許されているから必要を感じなかったのだ。だがユリウスには王にも公爵家にも知られていない生活の場が必要だ。アルベール自身も彼を騎士団と言うアルファの集団の中に、彼を汚す可能性のある者達の傍に置いておくのは許せないのだから。
(……俺がいない間にユリウスの世話を頼む人物も要るな)
 ユリウスは大体のことは自分でできるが今の彼にはヒートが訪れる時期がある。ヒート期のオメガは薬でそれを抑える場合が多いが、それでも体の倦怠感がなくなるわけではなく動きは鈍る。故にヒート期は安静にして体を休める場合が多い。そして薬が効かない場合は、アルファがその身を抱いて熱を発散させるのが最善。ユリウスが受け入れてくれればアルベールがその役目を引き受けるつもりだが、騎士団長としての任があるアルベールは常に彼の傍について居られるわけではなく。その間彼の世話をする者が必要だ。
(ベータでも……男は論外だ)
 オメガのヒートに反応するのはアルファだけだが、それでもそのヒート状態のユリウスの姿を男に見られるのはアルベールには許容しがたい。
(ベータの女性……ああ、一人心当たりがあるな)
 以前人が必要なら雇ってほしいと申し出ていたベータの女性。ベータだと彼女が自分から明かしたのは、アルベールの警戒心を解くためだろう。女性の中でも特にオメガには強い不信感を持っている自覚はあった。
 彼女は下級貴族の次女だったと記憶しているが、雇って欲しいと言ってきていたくらいだから一通り家事はこなせるのだろう。当時は個人宅などは所持していなかったから必要ないと断ったのだが、一度話を通してみようと考える。彼女が頷けばそのまま雇えばいい。話がまとまらなければまた誰かを探さなければならないから、彼女が受けてくれれば良いのだが。
 家と、ユリウスの世話をする女性の手配。それを終えたら、すぐにでも旅立とうとアルベールは決める。
 マイムたち三姉妹に相談すると、反対されるかと思ったが、彼女たちはアルベールの意思を尊重し、更に出来るだけ早く旅立てるようにと家の手配に協力までしてくれた。


(……あれが果ての村)
 団員である青年から聞いた村、その入口付近にアルベールは立っている。余り目立たないほうが良いだろうと考えて、地味な、どちらかというと貧しい民に見えるような服を身に着けてここまでの旅を続けて来た。移動中に羽織る外套だけは元から持っているものだったが。
 果てと呼ばれ、国からも捨て置かれているだけあって、城のある王都から離れた場所にその寂れた村は存在した。
(ここにユリウスが居る)
 既に夜の闇は濃くなっている。こんな時間に村に入っても不審に思われるだけではないかと考えつつ村の周囲を気配を消して歩いていると。静かな空間に小さく僅かな水音が耳に届いた。どうやら池か泉があるようだ。自然に囲まれた場所だから、水の中から魚でも跳ねたのだろうか。
 長旅でやや埃っぽくなった体を水で清めても良いかもしれないと、水音がした方へ歩みを進める。この国は温泉が重要な資源の一つだが、果ての村とされるこの場所には温泉などは湧いていないようだ。温泉などの資源があれば捨て置かれることなどなかっただろうから当然といえば当然だが。
(誰か、居る?)
 魚かと思った水音は誰かが水浴びをしている音だったようだ。
 こんな時間だ、野盗やならず者かもしれないと思ったが、その考えは視界に飛び込んで来た癖の強い長い後ろ髪を見た瞬間吹き飛んだ。
(ユリウスっ)
 なぜこんな時間に外に、と考えて。心臓が冷えた。
 ユリウスが今身を寄せているのは娼館だと聞いている。そして今アルベールの瞳に映るユリウスは泉の傍に座り込んでいて、衣服は殆ど身につけておらずその体には水浴びの跡と思われる水滴が残っている。そして彼が水浴びをしていたのは……娼館での汚れが原因ではないのか。
 自分以外の男が既に彼の身を拓いている。そう思うと心の奥から激情が湧き上がって来る。彼が他の男に汚された、それがもう覆せないものだとしたらせめて自分の熱で上書きしたい、と。
 アルベールは大股で草を鳴らしながら彼へと歩みを進めた。
 「!?」
 ユリウスが振り返る。その表情、瞳は驚きからか見開かれている。まるでアルベールがここに立っている事実が信じられないとでもいうように。そして彼にそんな表情をさせる自分がたまらなく嫌だった。
「何故……ここに」
(……ヒートを、起こしているのか)
 呆然と呟くユリウスからは甘い花の匂いが漂っている。甘いものは余り好きではないのに、彼が発する匂いは不愉快ではなく。体の奥、そこに燻る熱を増幅させる。
 匂いに誘われ衣服を身に着けていない素肌を抱き寄せながら、自分が居なかったらどう処理したのか、娼館でまた誰かに抱かれたのか、そう思い至った瞬間に再び激しい感情が湧き上がって来て。
「んぅっ」
 アルベールは衝動に突き動かされ、ユリウスの唇を自らの唇で乱暴に塞ぐ。その際、しゃらと金属音が響き、そこで初めてユリウスの首周りを以前自分が贈って怒られたはずの首飾りと耳飾りが長いチェーンで繋がった装飾品が彩っているのが目に映り。
 心を覆っていた影が、ほんの僅かにだが薄くなった気がした。

「んぅ」
 合わせた唇から微かに零れるユリウスの声が確かに艶を含んでいるのを確認して。その下肢を探る。
 一度目はユリウスの企みに、誘惑に負けた形だったが。今この時間は確かに己の意志で、自覚したその気持ちとともに、彼の肌に手を伸ばしていた。
「ぁあっ」
 ヒートで受け入れやすくなっている尻孔は、入口を探っていたアルベールの指をすぐに飲み込む。同時に長い口付けから解放されたユリウスの唇から、高い喘ぎ声が零れ落ちた。
「んぅっ」
 ユリウスの身をひっくり返し、抱える熱からか小刻みに震える腰をこちらに向ける形を取らせて。再び尻の中を指で掻き回す。オメガとしての特徴か、丸い、どこか女性的な曲線を描く双丘、その尻孔はほどなくして三本の指を飲み込み。柔らかく熱い肉襞は指をきゅうきゅうと締め付ける。視界に映るユリウスの肌は強張った様子もなく、快楽からか淡く色付いている。
(……おれのものだ)
 彼の肌に触れる度に幸福感と、そして独占欲が湧き上がる。これは自分のためのものだ、と。けれどその存在に自分以外の誰かが触れたかもしれない、そう思うと幸福感と同時に酷い苛立ちも覚えて。
「ひぁ!」
 中を弄る三本の指で肉襞をぐるりと大きく乱暴に掻き回した後、引き抜き。己の下肢に身に着けた衣服、その前を寛げて、高く突き出されたままのユリウスの腰を引き寄せる。そして。
「ーーっ!」
 既に猛っていた雄を後ろから一気に挿入した。
「あ、あっ……」
 掴んだ腰が大きく震え中がきゅうと締まって、挿入の瞬間にユリウスが達したのを伝える。中の締め付けはアルベールにも大きな刺激と快楽を与えたが、それをやりすごして。
「ひぅっ、んぁっ」
 崩れ落ちようとしたユリウスの体、その胸を後ろから掴んで引き寄せて、限界直前まで膨れ上がった雄で中を更に抉っていく。
「あひっ、ぁあ、ん」
 腰を打ち付ける度にぐちゅぐちゅと淫らな音が増していき、ユリウスの唇から漏れる喘ぎに煽られるように揺さぶる速度を上げる。
「くっ」
「ぁ……」
 アルベールが己の気持ちと共に熱をユリウスへとぶつけ終わった頃、ユリウスの下肢は白濁にまみれ、その尻孔からは受け止めきれなかった精がぼとぼとと零れ地面に生えた草を白く染めていた。
「っ!」
 こちらを力なく振り返ったユリウスの瞳が閉じられ、その体から完全に力が抜けたのを見て。熱に支配されていたアルベールの思考は幾分冷静さを取り戻す。
 ユリウスの身を泉の水で清め、その体が行為で傷付いていないのを確認し、安堵の息を吐いた。彼が己以外の誰かに汚されるのは許せないが、彼の体や心を傷付けたいわけではないのだ。
 主に下肢の汚れを清め終わり、ユリウスの顔を見遣ると、癖の強い長い髪は乱れ、また僅かに精が絡んでいたからそれも拭き取る。その際何故か髪に隠れている彼の項がひどく気になった。そこを見ようと後ろ髪を掻き上げると。
「!」
 突如思考を掻き消すような痛みに襲われる。ユリウスを起こしてしまわないように声を耐えつつ蹲る。幸い痛みはそう長くは続かず収まった。
 自らの体の汚れも洗い流した後、アルベールは意識を失ったままのユリウス、その裸体を自分が着ていた外套に包み、抱きかかえて歩き出す。彼が着ていたと思われる服は、抱えた彼の膝の上に乗せた。その中にはあの日、彼を突き放した日に自分が彼に着せた外套も存在していた。
 村の入口へ足を向けると、そこには一人の女性が誰かを探しているような様子で立っていて。こんな時間にこの寂れた村の外で過ごすような人物が複数居るとは考え難く、女性の探し人がアルベールの腕の中の存在であるのはほぼ間違いない気がした。

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