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​月や星を求めても 前編 1 2 3 4 5 6

*18歳未満(高校生含む)の方の閲覧はご遠慮ください*

「ふぅ」
 どさりと音を立てて、アルベールはベッドに身を投げ出した。ここはユリウスが身を寄せている娼館ではない。
 ユリウスと再会したのは深夜で、その後気を失った彼を抱えて村へと足を向け。村の入口に立っていた娼館の女主人に彼に与えられた部屋の場所を教えてもらい、彼をベッドに下ろした後、部屋の外にあるソファへと向かった。ベッドは狭く、ユリウスの横に身を横たえるのは無理だと判断したためだ。ぴったりくっつけば寝れたかも知れないが、それしてしまうとユリウスがゆっくりと休めないだろうから。
 この旅路で親友を、ユリウスを強く想うと痛みに襲われることがあったが、城から距離が離れるごとにそれは段々と軽くなっていて。昨夜再会した際に彼を抱いた後、やや強い痛みに襲われたがそれも耐えられないものではなく、その事実に密かに安堵していた。この状況がユリウスに知られてしまえば、彼が共に戻ってくれる可能性が大きく減る予感があったから。
 目を閉じると眠気が襲ってくる。ユリウスと早く再会したくて、これまでの旅で休憩は最小限しかとっておらず、また昨夜はソファでの睡眠となったこともあり、体が休息を求めていた。
 アルベールが今いる場所はユリウスが暮らす果ての村からやや離れた町にある宿屋。町には小さく簡易な作りだったが温泉場も存在していて、それは国の目がこの町に届いている証でもあった。
 朝食はユリウスと共に娼館で摂ったのだが、その後娼館の女主人から、ここで暮らしているのは殆どオメガだから……話したいこともあっただろうし昨夜は皆もう寝てたからここに泊めたけど、と言われ。ユリウスがどんな風に暮らしているのかを見守りたい気持ちはあったが、いつヒートを迎えるか分からないオメガの中にアルファが一人だけいるのは確かに悪影響だろうと納得し、女主人にこの宿の場所を教えてもらい館を出た。
(……オメガの女性にもああいう人達がいるんだな……)
 ぼんやりとしてきた意識の中、朝の光景を思い返す。
 ユリウスに戻って来て欲しいと伝えた後、ソファでまた寝てしまい。再び目覚めた時にはスープや炒め物の匂いが微かに部屋に漂っていて、その匂いには覚えがあった。ユリウスに与えられた部屋のドアをノックしてみたが返事も気配もなく。ということは朝食を作っているのはやはり彼だろうと思い、匂いの元を探して。辿り着いたキッチンにはやはりユリウスの姿があった。何か手伝うことはと尋ねると、もう出来上がってるから運ぶのを手伝ってもらえるかい? 結構人数が多いからねえ、と言われ頷いた。
 食堂にはいくつかのテーブルがあり、アルベールは食事を運び終わった後、ユリウスに示された二人用の席に座った。周囲のテーブルには寝起きの娼婦と思わしき女性たちと、それに一人の幼い少女が行儀よく座っていた。彼女たちはこちらにたまに視線を向け、その瞳に好奇心を滲ませながらも、声を掛けてくることはなかった。基本オメガの女性に迫らせ続けていたアルベールにはそれが酷く新鮮で。
「君が良いなら彼女たちに少し外の話をしてもらっても? ……彼女たちはこの村からほとんど出たことがないんだ」
 ユリウスの言葉に面白いことは話せないと思うが、と前置きして頷いた。ユリウスが椅子を抱えて隣に移動して来た後。先程までユリウスが居た場所に、やや遠慮がちな動作で女性たちがやって来た。
(……ユリウスは彼女たちに頼りにされているように見えた)
 アルベールの話を興味深そうに聞く合間に、彼女たちはユリウスに衣装や化粧、装飾品などのアドバイスを求めていて、ユリウスもそれにすぐに答えていた。衣装や装飾品はともかく、化粧の知識まであると知り驚いたが。
「……オメガと分かった時は年頃になったら国の有力貴族か他国に嫁がされる予定だったからね」
 小さく、隣に居る己のみに聞こえるように囁かれた言葉に納得と同時に胸が痛んだ。肉体は確かに『男』なのに、オメガである彼は家族から男として扱われることはほぼなかったのだ。幸いと言って良いのか、年頃になってもヒートが訪れなかったから、嫁がされる話は立ち消えたらしい。もっともヒートを迎えたことを知られれば、これから誰かへの貢物にされるような可能性も示していて、完全に危険が去ったわけではない。
(ユリウスに今の生活は合っているように見える……だが俺は)
 アルベールは唇を噛み締める。
 この身がただの一兵卒であったなら、彼と共に国の目が届かないこの果ての村で暮らす選択もあったかもしれない。けれど己はこの国の騎士団長で。
 友としても、この国を共に支えてくれる存在としても、そして想いを向ける者としても。
 ユリウスを強く求めている。だから。
 時間が掛かっても良い。彼が己と共に在ることを、戻ってくれることを選んでくれるよう願った。

「ん……」
 いつの間にか眠ってしまっていて、そんなアルベールの意識を目覚めさせたのはノックの音。ドアの向こうから聞こえてきたのは宿屋の主人の声だ。「お客さんが来ている」と。
 ドアを開けると宿屋の主人の斜め後ろに、フードを目深に被り地味な色のローブに身を包んだ人物が立っていた。
「!」
 フードからはみ出した癖の強いくすんだ茶色掛かった薄紅色の長い髪は、顔ははっきり確認できずともその人物の正体を如実に表している。
 宿屋の主人にこの部屋に二人泊まることは問題ないかと尋ね了承を貰い、追加料金を手渡してから、フードの人物を部屋に招き入れドアを閉める。相手の了承なしに事を運んだが、彼から特に意見が出ることはなかった。彼自身も泊まったほうが良いと考えているのだろう。多分まだ、ヒート期間は終わっていない。
「ユリウス」
 アルベールの声に応えるように、フードがローブごと取り払われて。
「……私の今日の仕事は終わったから」
 ユリウスの唇から静かに言葉が零れた。
 部屋の中に設置されたテーブルに椅子はひとつしかなく。アルベールはユリウスの手を引いてベッドに腰掛けさせて、自分も彼の横に腰を下ろした。
「……ひとつ、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「私の不在を、ヒートが来たことを、この期間誤魔化すのは大変だっただろう? 何故そんな苦労を?」
 答えを間違ったら、ユリウスは共に戻ってくれなくなる、そんな予感がしたけれど。
「朝伝えたことと被る部分もあると思うが……陛下や公爵家にオメガとしてのお前を利用されるのは、俺が嫌だと思った。……自覚したのは後からだったが」
 元から策を巡らせるのは得意ではなく。だからただ正直な己の気持ちを、拙くまとまらない言葉で伝えた。ずっと彼に対してそうしてきたように。
「それに……俺はお前が傍に居てくれないとダメになるみたいだ」
 少し情けない笑みを浮かべ隣のユリウスを見遣るが、俯いている彼の表情は長い髪に隠れて確認できなかった。けれど彼は朝、明らかに焦燥した己の顔を見ているはずで、だから全く伝わっていないということはないだろう。
「……お前を抱いた後突き放して、その後いろいろ考えた。でも自分の気持ちが中々わからなくて。自分の心なのにどこかおぼろげではっきりとした形を、想いを感じ取れなかった。だが少し時間が経って、お前の残したメモを見て。……俺はお前に傍に、隣に居てほしいと、俺以外の相手を求めて欲しくないと強く自覚したんだ。だから不在を隠すことも、誤魔化すことも苦痛だとは思わなかった。それをせずにいた時に起こるかもしれない『事』のほうが、俺にとっては忌むべきものだったから」
 戻って、もし陛下や公爵夫妻にお前が『本当の意味でオメガになった』と知られても、俺はお前を守るために最善を尽くすつもりだ。お前が傍に戻ってくれるなら、それを邪魔するものから守ると改めて誓う。だから。
 彼を想うと襲われる謎の痛みのことは伝えなかった。原因が分からなかったし、表向きにひねくれた仮面をかぶっていても根はとても優しい彼が、そんなことを知ったら戻る気をなくしてしまうかもしれないから。
「前ほど、君の力にはなれないだろうけれど。……支えると言ってもほんのささやかなものになるだろうし、むしろ君の負担が多くなる可能性もある。いやそうなる可能性のほうが高いだろう。……それでも君が私を求めるならば」
 戻ろうと思う。
「ユリウスっ」
 静かな、けれど確かに共に戻ってくれるという意志を示してくれた声を聞いた瞬間、アルベールはユリウスを抱き寄せていた。
「俺の傍に居てくれるだけでも良い。お前はそれだけでは良しとしないだろうが……それだけでも充分に俺の力になる」
 己の心を言葉にして重ねると。強いものではないけれど、腕の中の彼からふんわりと甘い匂いが漂い始める。ヒートのしるしだ。匂いがそこまで強くないのは恐らく今回のヒート期間が終わりかけているからだろう。
 匂いに誘われるように口付けて。その口付けが舌を絡める深いものになっても、ユリウスからの抵抗はなかった。

 宿屋のベッドは娼館のユリウスの部屋のベッドよりかなり広く。そのベッドに、アルベールはユリウスを押し倒す。そして彼の好みとは思えない女性的なデザインの服を脱がせて素肌を晒す状態にして。自分も身に着けていた服を脱ぎ捨て、押し潰さないように気遣いながら彼に覆い被さった。
 服を脱がせ遮るものを取り去ったことで、ユリウスから漂う甘い匂いが強くなる。その匂いを確かめるように彼の白い首筋に唇を寄せて、舌で味わう。彼の肌に確かに触れている、そう思うと。怖いくらいの幸福感が湧き上がってくる。
 唇を離し、今度は胸を舌や手で愛撫しようとすると。
「そういうのは……そんな手間を掛けなくても大丈夫だ。ヒート時のオメガの体は受け入れる準備ができているからね」
 ヒートによって内側から湧き上がる熱のせいか、頬を紅潮させたユリウスに声とともに軽く手を捕まれ、制止されてしまった。
 手間、などではなく純粋に触れたい気持ちがあったのだが。
「んっ」
 ユリウスが誘うように足を開いて、そして彼の表情はその先を期待するかのように欲に濡れており。また自身の下肢もユリウスから立ち昇る欲を刺激する匂いによって既に固く勃ち上がっていたから。
 アルベールは愛撫は諦め、ユリウスの足を肩に抱え上げ。
「んぁあ!」
 猛った雄を柔らかく蕩けてひくついている尻孔へと挿入した。お互いの熱い部分が重なり合う感触に、ぐちゅりと音を立てて雄が飲み込まれていく様子に。身を侵す幸福感が大きくなっていく。
「ぁっ、あ」
 ユリウスもきっと同じような想いを抱いているのだろう。前からの繋がりは、彼の表情がよく見える。
 彼はアルベールが揺さぶる度に甘さと艶を含んだ声を上げ。その眉根は下がり、瞳には確かな情欲を滲ませていて。その顔は彼の中、その奥と同じように快楽に蕩けている。
 そんな表情をさせているのが自分だと思うと、下肢の熱が余計に増していく。
「あ、も、っ」
 ユリウスが限界を訴え、その腕が緩く縋るようにアルベールの肩に回される。
 一度浅いところまで抜いてから奥まで一気に雄を突き立てると。
「ぁひっ」
 腹にユリウスの精が飛び散り。瞬間、強くなった中の締め付けに。
「くぅ」
 アルベールも中に精を吐き出した。
 一度だけでは物足りず、もう一度ユリウスを求めたが。昨晩散々熱を吐き出していたこともあって、二度の熱の解放で満足できた。
 力を失った雄を引き抜きユリウスを伺うと、彼は瞼をゆっくりと下ろしているところで。閉じられる直前の瞳、己の姿を映したその目が何故か、僅かな哀しみを滲ませているような気がしたが。
 その理由には思い当たらなかった。

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