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「これは俺個人の家だ」
アルベールと共に、王都へと戻ってきたユリウスが親友に抱えられた状態で案内されたのは城からやや離れた、自然に囲まれた一軒の家。ユリウスが知らない場所だった。この身が傍に戻ることを強く望んだ彼が、そのために買った家だと聞いている。
「俺は家事、特に料理が得意じゃないから手伝いの女性を一人雇っているが、彼女はベータだ。この家の場所は彼女以外誰も知らない」
ベータの女性を選んだのは、この身への気遣いからか。それとも。
(……アルベールが厭うのは主にオメガの女性だが、基本女性全員に対して不信気味だったはずだ。特に貴族女性に対しては……)
大きな窓がある部屋はカーテンが開け放たれており、窓越しにエプロンドレスを身に着けた女性が見える。その女性をユリウスは城で見掛けた記憶があり、その際は派手ではないが貴族の令嬢に相応しいドレスを纏っていた。
そんな相手にアルベールが、個人の家を任せるくらいに心を許している。ならば……。
(無自覚の想い人、の可能性もある、か)
アルベールが己を強く求めてくれているのはもう知っているが、それが恋情からくるものだとはユリウスは思っていない。女性不信気味でユリウスとは違う方向で恋愛というものを避けている彼にとって、今は『親友であるユリウス』が最上級に求める者なのだと考えている。もしくは一方通行の運命の番でもそれくらいの強制力はあるのだろうかと。何故なら。
(……あれからヒートの度に抱かれているが……)
ユリウスの項は無傷なままだ。抱かれるたびに、内側からそこを噛んでほしいという想いが湧き上がるのに、彼はユリウスの項に興味を示す様子はない。
今己が自分の力で立っておらずアルベールに抱えられているのは、ヒートを迎えているから。部屋に入って、彼に抱かれる。それ自体は『自分にとっての運命の番に愛される』幸せな時間だと思う。けれど。抱かれる度に、アルベールが項に触れることなく行為を終え、己を正式な番にするつもりは彼にはないのだと思い知らされる度に。
心の奥が小さく、けれど重く軋み続けていて。……そしてきっと今日も同じ想いを繰り返すのだ。
今目の前に建つ家の中には、これから先、彼に心を向けられる可能性の高い相手が居る。現状でも留守を任せる程度には心を許しているのだろう。もしかしたら外から切っ掛けを与えれば、今は使用人と雇い主と言う彼らの関係はすぐに次のステップに進むのかもしれない。けれど。
(どんな形であれ私はアルベールに求められたから戻って来た)
だから、彼らが自分で気付くまでは、彼と共に過ごすことを許してほしい、一方通行ではあっても彼は私にとっての『運命』なのだから、と。
ユリウスは無言ではあるがどこか楽しそうに掃除をしている女性に向かって、心の中だけで謝罪した。
アルベールに抱えられたまま家の中に入っていく。女性には特に何も告げずに彼が向かったのは二階の大きなベッドが置かれた寝室、だった。そのベッドの真新しいシーツの上にそっと降ろされる。一旦離れたアルベールは部屋の扉に取り付けられた鍵を締めてからすぐに戻ってきた。
ベッドは大人の男二人が並んで寝ても充分な余裕があるサイズ。親友は責任感の強い男だ。この家もこの身のことを考えて用意したように、このベッドもヒートを起こした己が不便なく過ごせるようにと整えられたのだろう。もっともこれから先、彼がこのベッドで自分以外の誰かと過ごす未来がきっと訪れる予感がある。
「んっ」
アルベールの手がユリウスの纏う服へと掛かり。彼の掌の温度を肌に感じて、そこからいつもの多幸感が湧き上がり思考が霞む。
今ユリウスが身につけているのは、娼館に身を寄せていた時に着ていた女性的なものではなく、普通の男物。王都へ辿り着く前に寄った服飾店で、アルベールが購入したものだ。ユリウスがオメガだというのを知っているのは騎士団では彼とマイムたち三姉妹のみだという旨の言葉と共に渡された服。その服が、アルベールの手によってゆっくりと脱がされていく。そして覆いかぶさるように近付いてきた彼に、優しく唇を重ねられた。彼も既に服を脱いでいて、服を纏っている時は細身に見えるが剣を扱う男の体に相応しい、筋肉のついた厚みのある体が晒されている。
アルベールの素肌と触れ合った部分が溶けていくような感触とともに幸福感が増す。けれど、これを本来受けていいのはきっと。
(……私、ではない)
ヒートの熱に侵された思考の片隅でぼんやりと浮かんだその言葉は。
「ぁ、んぅっ」
下肢、受け入れる準備が整っていた尻孔の奥、蕩けた蕾を指で掻き回されて。強い快感とともに散っていく。
「ユリウス」
中を刺激していた三本の指が引き抜かれ。欲に掠れた声が耳元に響いて、その直後、抱き起こされる。そして。
「ぁひっ」
腰を掴まれ、胡座を組んだアルベールの上に落とされた。彼の猛った雄を尻孔で飲み込むかたちで。
「ーぁあ、あ、んぁっ」
自重と、アルベールの手に腰を引き寄せられたことによって。いつもより深い繋がりとなり、その余りの刺激に唇からはしたなく喘ぎが洩れる。多少の息苦しさはあるものの、オメガの、受け入れるための器官は痛みを感じず、ただ快楽ばかりが増していく。
「ーーっ」
腰を持ち上げられ、そして落とされて。深く奥を抉られる感覚に、ユリウスはアルベールの肩に思わず爪を立てながら達した。
「ぁ」
繋がったまま、今度はベッドに押し倒される。尻孔の中、アルベールの雄はまだ硬度を保ったままで。再び激しく揺さぶられ。
「あ、はぁ、あっ」
肉襞を擦られる刺激に、嬌声が零れ落ちる。
アルベールがユリウスの体を解放したのは、彼の精をユリウスが三度ほど受け止めた後、だった。
疲労で目を閉じる寸前、ユリウスが見たアルベールは、心底愛おしい者を、まるで愛する番を慈しむ気持ちをその顔に滲ませているように見えたが。
それはきっと自分の願望だろう、と言い聞かせた。
ユリウスの項はじんわりと熱を持って、彼に噛まれたいと主張している。けれどアルベールがその部分に歯を立てる様子は今日も見られなかったから。
清めたユリウスの体をベッドに横たえ、アルベールはその額に口付ける。襲ってくる痛みはただの頭痛だと思い込める程度だ。
ユリウスが規則正しい寝息を立てているのを確認してから、アルベールは部屋を出た。家事手伝いの女性に指示を出すために。
アルベールがこの家で僅かな時間を彼女と二人で過ごした際、頼んだ仕事は夕飯の支度まで。留守の間は数日に一度、適当に掃除をしておいて欲しいと伝えていた。その際に預けた家の鍵も返してもらわなければ。今日彼女がこの家に居たのは、アルベールが近くの街から帰宅の旨を記した手紙を彼女宛に出していたからだろう。これからユリウスと二人で暮らすことになるのだ。手伝いのためとはいえ、女性が合鍵を使って自由に出入りするのは許可できなかった。人の出入りがあればユリウスが落ち着いて過ごせないだろうから。
「今までは同じ食卓に着くこともあったが、これからは遠慮してほしい」
食事の際に使っている部屋に設置されたテーブルに花を飾っていた女性にまずそう伝える。
それとユリウスと二人でいる時は出来るだけ近付かないでほしい、気を付けているつもりだが俺たちの会話には外に漏らされたくないものが含まれている可能性があるから。
そんな当たり前のことを告げると、女性は何故か驚いたような表情を浮かべていた。
彼女は元からユリウスの世話を頼むために雇った女性で、それ以外の意図はない。例え女性だとしてもアルファを彼に近付けたくはなかったし、ベータの男がオメガにとって完全に安全であるという根拠もない。故に、ベータの女性一択で捜していた。ユリウスを害する者は、可能性の段階であっても弾きたかったから。だというのに。
(……勘違い、させたか?)
恋愛に疎い自覚はあるが、立場上突き放すのも叶わず義務的に優しくした相手に何故か想いを寄せていると勘違いされたこともそれなりの回数あり。今目の前に立つ女性の顔は勘違いの後にアルベールの真意を知った際の彼女たちのそれと良く似ていた。
手伝いの女性に対して、何かを贈ったこともない。家の面倒を見てくれていることに対しての感謝の言葉以外告げておらず、勘違いされるような台詞も伝えたことはなかったはず。ユリウスのために購入したこの家で、彼を探しに旅立つまでの間、一人きりの食事が味気なく、ほんの数回同じ食卓に誘ったが、それだけだ。
ただまあ今の言葉で自分にその気がないのは伝わっただろう。鍵の返却を求めると、相変わらず戸惑いが強い様子だったが素直に渡してはくれたから。アルベールはその場に女性を残して寝室へと戻った。ユリウスの様子を窺うために。
「……しんゆうどの?」
ベッドの上からいつもより拙い声が掛かる。ユリウスは目を開けてはいたが、まだはっきりとは覚醒していないようだ。けれどその瞳には情欲が浮かんでいないのを確認できて、アルベールは内心小さく息を吐いた。ヒートによる欲と熱の発散は上手くいっているようだ。
個人差はあるがヒート期間は大体一週間ほど続く。だから城に顔を出すのはユリウスの今回のヒートが完全に終わってからだと決めていた。他の自分に迫ってくるオメガの女性を抱くのには当然抵抗はあるが、ユリウスを抱くことには何の抵抗もない。今日は既に一度抱いたから、彼から次に求められるのは多分明日。
「ヒート期間は体、だるいんだろう? ゆっくり休むといい。誰にもお前の眠りを邪魔させはしないから」
手伝いの女性には寝室には元から、彼女を雇った日に既に留守中の掃除以外では近付かないようにと言い含めている。この場所はこの家の中でも特にユリウスのために整えたもの。ヒート期の彼が快適に過ごせるようにと。だから掃除も長期の不在時以外はこの手でするつもりだ。
ベッドの傍に膝をついて、ユリウスの様子を見守りながらその長い横髪をそっと梳き、休息を促す言葉を囁くと。
彼は何度か瞬きを繰り返した後、静かに瞼を下ろした。
「今回はもう大丈夫……君はかなりの間城から、騎士団から離れていたんだろう? いい加減顔を出すべきだ」
次のヒートは今までの周期から考えるとおそらく三週間ほど後になるかねえ、とユリウスに言われ。アルベールは口に含んだ朝食のパンを飲み込んだ後、分かったと頷いた。
確かにそろそろ騎士団に顔を出した方が良いだろう。ユリウスの次のヒート期に休みを取るためにも。彼の言う通り、騎士団から離れていた期間はそれなりに長くなっていて、三姉妹が己の不在を誤魔化すのもそろそろ限界を迎えているだろう。一応彼女たちにはユリウスと共に戻る旨を記した手紙を、娼館から旅立つ前に出しては居た。けれど戻ってきてすぐに城に顔を出すことはせず、ユリウスとの時間を優先してしまったのだ。もっとも彼女たちがそれを責めるとは思わず、だからこそ取れた行動だったが。
二人で向かい合っての朝食。テーブルの上の料理は基本的に手伝いの女性が用意したものだが、今日は何個かユリウスが調理したものも付け加えられている。アルベールとしては親友の体調が良ければ彼の手料理をもっと食べたいと思うのだが、余り彼女の仕事を奪うのはね、と言ってユリウスは積極的には料理をしない。今食卓に並ぶユリウスが調理した品も、彼が進んで作ったものではなく。この内容では君には少し物足りないのではないのかい? と尋ねられ、それにアルベールが頷いたから、仕方がないねえという言葉とともに出されたもの、だった。
食事の時間は静かで、アルベールから話し掛けない限りはユリウスが言葉を紡ぐことは多くない。ユリウスと二人の空間なら沈黙も嫌ではないが。
(前は、もっと話してたと思うんだが……)
この家でユリウスが暮らし始めて、まだ一週間ほどしか経っていないが、以前と違って遠慮がちな気がする。ヒートによって発情した際には己の名を呼ぶが、その場合でもその声は大きくなく、彼の様子に気を配っていなければ聞き逃してしまう程度のもので。ほぼ寝室に籠もっていて部屋から出ることは殆どない。それが何に対しての遠慮なのかはアルベールには分からなかった。
(後から少し本を買ってくるか……)
ユリウスの作ってくれた黒胡椒の効いたベーコンエッグを咀嚼しながら考える。
ユリウスは寝室で、アルベールの蔵書を読んで過ごしていることが多い。けれど寝室に設置された本棚は大きなものではなく、少し前にこの家を購入したばかりで棚に並ぶ本の数も多くはなかった。ユリウスならもうすぐ全て読んでしまうだろう。研究者の性質か、ユリウスは文章を読むのがアルベールの比ではなく速い。城へ顔を出すのは明日からにして、朝食を食べ終わったら、本を扱っている店に向かおうと決める。
騎士団での日常に戻り、ユリウスの力がどうしても必要な案件があればこの家に持ち込むつもりだが、それはそう多くないだろう。アルベールがユリウスを連れ戻した理由は己が彼に傍に居てほしいから、というのが大きく、戻って来たばかりの彼に仕事を押し付ける気などは当然なかった。
(見送りに出てはくれない、か。いや仕方ないのは分かっているが……)
城へ向かうアルベールを家の外まで出て見送っているのは手伝いの女性。家は城からやや離れた場所に建っていて、人が多い通りにも面していないが、全く通らない訳ではない。表向きはまだ騎士団の仕事で長期遠征に出ていることになっているユリウスの姿を、彼を知っている誰かに見つかってしまえば問題になる可能性がある。だから彼が見送ってくれないのは仕方のないことだ。そう思いつつ家から少し離れて振り返ると。
「!」
二階の窓、寝室のカーテンが少し開いていて、ユリウスが立っているのが見え。その唇が「いってらっしゃいませ」と動いたのが分かって。
アルベールは行ってくる、と音を出さずに呟き。先程まで少しの寂しさを覚えていた心に満ち足りたものを感じながら踵を返した。
昨日、かなりの数の本を購入したから、ユリウスが退屈することは暫くないだろう。最初はそこまで数を買う気はなかったのだが、ユリウスが興味を持ちそうなものを分類問わず選んでいたらいつの間にか冊数が増えてしまっていた。
(……私は本当にここに居て良いのか?)
寝室の窓からアルベールを見送った後、ユリウスは小さく、けれど深い溜息を吐きながらベッド端へ腰を下ろした。
アルベールから、初めての友から戻って来て欲しい、傍に居て欲しいと請われ、彼の手を取ったものの。この家で暮らし始めてから本当にここで過ごし続けて良いのかという気持ちは段々と強くなっている。
サイドテーブルの上にはアルベールが昨日購入してきたかなりの冊数の本。己の暇つぶしの為に親友が買って来てくれたそれの中から無造作に一冊を手に取って、パラパラと中身を確認する。それなりに面白そうで、今日はこれを読んで過ごそうと決めた。中々に厚い本だから、時間もそこそこ潰れるだろう。
寝室からほぼ出ないのは、朝から夕方まではずっと居るであろう手伝いの女性と顔を合わせるのが気まずいからだ。一度アルベールの姿を探して寝室から出た際に彼女と鉢合わせたことがあり。その際彼女は一応礼儀正しくこちらに頭を下げていたが、ユリウスを見る目は少し鋭く。それは彼女がアルベールに特別な想いを抱いていることを示している気がした。
(私に思うところがあるのは当然、か……)
手伝いの女性はユリウスが初めてこの家に来た日にもここに居た。おそらくアルベールは旅立つ少し前、彼女とこの家で暮らしていたのだろう。アルベールは彼女を『ユリウスの世話を頼むために雇った』と言っていたが、旅立つまでに過ごした時間は彼女のアルベールへの想いを育てるのに充分だったのではないか。食事も二人で摂っていた可能性が高い。そんなところにヒート状態のユリウスがやって来て。多分女性は自分たちが体を重ねていることも知っている。ユリウスがオメガだということは、彼女に伝わっているのだから。
だからこそ彼女を刺激しないように、ユリウスは彼女の仕事である料理にも最低限の手出ししかせず、ただ寝室で静かに過ごしている。元より引きこもることに苦はないが、アルベールが傍に居ない時間、この家に自分に思うところのありそうな女性と二人というのは、少し息苦しい。
けれど彼女がこの先アルベールの大事な人になる可能性があると考えると、それを口に出すのは憚られた。
ふと、今朝外から自分を見上げていたアルベールの姿を思い浮かぶ。
(……もう、体調は悪くなさそうだった……なら)
少しは己が彼の手を取った意味はあったのではないか。
再会した時、アルベールの顔色は酷く悪かった。けれど再会した後、彼の顔色はどんどん良くなっていって。今は隈もなく元の健康的な肌を取り戻している。そしてそれを彼は「ユリウスが戻ってきてくれたからだ」と言ってくれた。ならばそれだけでもこの身が彼の近くで過ごす理由に足りるはずだ、と。
ユリウスは自身の心に言い聞かせた。