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​月や星を求めても 後編 1 2 3 4 5 6

*18歳未満(満18歳の高校生含む)の方の閲覧はご遠慮ください*

「君、もう少し戦い方を考えたらどうだい?」
「魔物は村に向かおうとしていたから逃したく無くてな」
「まったく……」
 表向きは呆れたように呟いたユリウスだが、内心には傷を負って帰ってくることが多くなったアルベールへの心配を強く抱えていた。
 武力を重んじるこの国で、騎士団長は己の仕事をそれなりに選べる立場にある。だというのにここ最近のアルベールは本来部下に命令すれば済むような仕事まで引き受けているように感じる。それをやんわりと指摘してみたのだが。
「……詳しくはまだ話せないが……いずれ話す。それに俺とお前の未来に必要なことなんだ。だから」
 見守っていて欲しいと真摯な瞳と共に言われてしまえば。追及はできなかった。
「終わったよ」
「有難う。あ、そういえば」
 傷の手当てを終えたところで、アルベールがふと思い出したように『少し前に団長に会ってな。お前も会いたかったら機会を作るが……』と呟く。彼の口から出る『団長』とは前騎士団長のことだろう。
 機会を作るという彼の声音は僅かにだが陰っている気がしたが、理由には思い至らない。分からないが親友が嫌ならば別に会わなくても良いとも思っていた。前の騎士団長には恩があったが、その恩はもう返し終わっているはずだ。
(……ああでも。前の団長と親友殿のスケジュールに差異があれば、何かわかるかもしれないな……)
 そう思い、私も少し聞きたいことがあるからお願いするよ、と告げると。アルベールは頷きはしたが、その表情はどこか複雑そうに見える。
「どうかしたかい?」
「お前が団長の番になっていたかもしれない可能性を聞いた」
「ああ……あの頃の私にはヒートもなかったから番とは言えないだろうけれど」
 何故か俯いてしまったアルベールから、彼らしくない弱々しい声が零れる。
 あの頃のお前は、団長が好きだったんじゃないか、と。
「……好きか嫌いかで分けるなら、好きではあっただろうね。私の身は騎士団長としては厄介なお荷物でしかなかっただろうに、部屋に閉じこもって研究することを許してくれていたのだから。でも……」
 あの人は奪わないだけで与えてはくれなかった。私に色々なものを、諦めていた友という存在を、その存在と過ごす時間も。
「与えてくれたのは君だけだよ」
 心の内を素直に言葉として露わにするのは昔から得意ではない。けれど今は彼に伝えなければ、彼が誤解を抱いたままになりそうで、そしてそれは嫌だったから。音に出して伝えた。
「……分かった」
 アルベールの腕がユリウスを抱き寄せて。ユリウスは抵抗なく身を預ける。言葉にした甲斐あって、誤解は充分に解けただろう。
 体を重ねる際に感じていた想いが一方通行ではなく。お互いを愛おしいと、触れる度に幸せを感じていると分かったあの日から。ヒート時以外でも、性行為を伴わない触れ合いが少しずつ増えていた。
「……それに、私が彼に会いたいと思ったのは、君のことを考えて、だよ」
「俺の?」
「団長と団員のスケジュールの差異は把握できた。でも団長同士の比較は、彼に聞きでもしなければ分からないだろう?」
 会いたいと思った一番の理由はそれだよ、と伝えると。親友の瞳から翳りは完全に消えて。
 その様子を受けユリウスも密かに、アルベールに悟られない程度に唇に緩く笑みを浮かべた。


「もう少し料理を増やしたほうが良さそうか」
 メインの鍋と、つまみに出来そうなものを何品か作り上げた後、これでは足りない気がするねえ、とユリウスはもう少し料理を追加することを決める。親友殿だけでなく客人も良く食べるだろうしと考えながら。
 今日は前団長がこの家を訪れることになっている。アルベールから聞かれた日から二週間ほど間を置いた時期になったのは、その間にユリウスにヒートが訪れ、それが完全に終えてからの招待になったからだ。
 アルベールが行為後に痛みを覚えているとはっきりと知って以来、彼は以前より強引に求めて来るようになった。そしてそれは。
 ユリウスを疲労させて痛みに耐えている姿を見せないようにする為だろう。
 体力でアルベールに叶うはずもなく、今のところ行為の後ユリウスが彼の姿を目にするのは完全に痛みから立ち直った姿。こちらを愛おしそうに見ている姿ばかりになっていた。
(着いたようだね)
 外から人の話し声が微かに聞こえ漏れ、二人分のそれはアルベールと前団長のもの。
 鍋の火を止め、ユリウスは彼らを迎えるためにエントランスポーチへと向かった。帰宅時にアルベールをエントランスポーチまで、家の外に出る直前まで迎えに出るのは、あの女性がこの家から去ってからはユリウスの役目となっていた。

「俺は他の団員と同じだったが」
 アルベールのスケジュールを前団長に見せると、彼の口から少し不思議そうにそんな言葉が落とされる。ただアルベールは陛下に特別気に入られているから、別スケジュールが組まれていても可笑しくはないかとも付け加えられた。
(他の団員と同じ部屋で同じ検査……親友殿は日程も違うし部屋も別……)
 葡萄酒を飲みつつ料理を消化する二人を眺めながら、ユリウスは思考に沈む。アルベールはユリウスの横に並んで座り、二人の向かいに前団長が座っている。
 前団長の言葉からして、アルベールが月に二回の検診で『何か』を受けている可能性は極めて高そうだ。しかし。
(問題は私が直接城に行って調べるのが難しい、ということか。いやたとえ城で動ける身であっても、調べるのには骨が折れるだろうが)
 それにもし国が先導して行っている場合、対応のしようがなくなる。
(せめて貴族などの独断なら良いが……)
 その場合はまだ何とかできる可能性はあるかもしれない。とはいえ現時点では何も対策は思い浮かばないのだが。
(暫く文献でも調べるか。もっとも私は外に出られないから、その辺もまた親友殿の力が頼りになってしまうねぇ)
 彼を苦しみから解放したいのに、そのために彼自身の力に頼らなければならない。その事実に。
 ユリウスは己の無力を感じ、自嘲気味な笑みを浮かべる。
 その表情は料理に集中していた隣のアルベールには見えていないはずだったが。何かを感じたのか。彼の手が伸びて来て。
 ユリウスの長い髪を軽く梳いてから、前団長の目に留まる前にすぐに離れる。
(ああ、そうか。城に調べに行くのは無理でも、親友殿にあえて検査を受けないでいてもらうことはできる。根本的な解決にはならないが、何かされているという『確証』を掴むことには繋がるだろうしねえ)
 アルベールの体温に触れ、固くなっていた思考が少し解れていく。
 前団長が去ったら、アルベールに検査に行かなくて良い状況は作れるかと尋ねようと決めた。


「……」
 ベッドの上でアルベールを待つユリウスの体は少し強張っている。ヒートからの発情による熱に思考を持っていかれないように、と。
 前団長を家に招いた日の夜、ユリウスはアルベールに月に二回の健診を無視することはできるか尋ねた。元から遠征で行けない時もあるから二か月程度なら誤魔化せると答えが返って来て、ならばそうして欲しいと伝えた。そして。
 今日はその二か月がそろそろ経とうという時期。彼の異変、その理由を確かめられるかもしれない日。
「ユリウス」
 寝室のドアが開いてアルベールがベッドに近付いてくる。頬を両手で包まれ、甘い幸せに流されそうになる思考を何とか押し留めて。
「……今日は、いつもより……」
 控えて抱いてほしい、と告げる。
 努力はするが、出来なかったらすまんと返って来て。
 重ねられた唇の感触にじん、と体の奥で燻っていた熱の温度が更に上がった。
「はぁっ」
 アルベールの唇がゆっくりと離れ、口付けの間吐くのを耐えていた息が大きく漏れる。
 服を脱がしていく手に直接肌を触れられて。与えられる多幸感に意識がぼうっと霞みそうになるのを、ユリウスは何とか耐えた。そしてアルベールに視線を向ける。彼は愛しさを滲ませた視線でこちらを見つめつつ、ユリウスの纏っていた服を剥ぎ取っていく。
 アルベールが微塵も苦痛を感じていない様子に、ユリウスは内心で安堵の息を零した。
「んぅっ」
 できるだけ表情を確認できる状態で、と予め伝えていたから。奥を解す際にも仰向けで彼に向かって足を開く体勢。腰の下には枕が敷かれている。下肢、その奥までをアルベールの視界に晒す格好で解されるのには羞恥を覚えるが、彼の様子を窺うためには仕方がないのだと己に言い聞かせた。
「ぁ、ん、ぁあ」
 既に柔らかくなっている尻穴の奥、熱を持った蕾がアルベールの指から与えられる刺激によって、更に蕩けていく。くちゅりくちゅりと音を立てながら指を掻き回される感触、強い快楽に意識が持っていかれそうになる。そんな中で確認したアルベールの姿に、己への欲を滲ませた瞳に、苦痛は感じられない姿に、再び安心する。けれど一番痛みを感じるのは行為の後のようだから、まだ油断はできないだろう。
「はぁ、ぁ」
 つぷんと音を立てて指が引き抜かれ、足を彼の肩に抱え上げられる。そして。
「あぁ」
 確かな質量と硬さを持った雄が中に侵入してくる。いつもよりゆっくり、じわじわと。
「あっ、あ」
 揺さぶられる速度も、いつもより随分と緩く。その分中のアルベールの形をはっきりと感じてしまい。羞恥とともに内側の熱が、特に彼の雄に擦られている部分の温度が上がっていく。
「んぁああ」
 尻孔の奥、特に敏感な部分を張り詰めた雄で突かれて、ユリウスは限界を迎え。
「ふぅ、ん」
 アルベールの唇と、中に吐き出された精を受け止めて、彼の表情に苦痛の色がないのを確認しながら。
 ゆっくりと瞼を下ろした。

(やはり月に二回の城での検査で何かされているのは間違いなさそうだね……)
 手加減された体は行為の後、アルベールの様子を知りたいと強く思っていたこともあり、普段より随分早く意識を回復した。あの後もう一度アルベールの熱を受け止めたが、その際も後ろからだったがことさらゆっくりと抱かれていた。
 今は背中側からアルベールに抱きしめられている状態だ。
「ん、ユリウス?」
「あっ」
 まだアルベールの雄は体内に在って、彼の身じろぎに精に濡れた内襞が擦られて小さく喘ぎが漏れる。
「ユリウス」
 耳元に響くアルベールの声は甘く、振り返りその表情を確認すると。苦痛を覚えている様子はない。
 アルベールの唇がユリウスの髪、そして剥き出しの肩に柔らかく落とされる。とても大切なものに触れるように。
「ずっとお前を抱いた後もこんな風に触りたかった……だがそうしようとすると必ずと言っていいほど痛みが襲って……できなかった」
 後ろ髪を掻き上げられ、項が露わになったのと感じてユリウスの体に緊張感と、そして期待が走るが。
「……ここを噛むのは俺がお前との未来をしっかり掴んでからにしたい。俺とお前が堂々と並んで生きていける立場を勝ち取ってからにしたい」
 そんな言葉とともに落とされた唇は項に仄かな口付けを残しただけで、歯を立てることはなかった。
 代わりに。
「もっと良いか?」
「んぁっ」
 腰を掴まれ中を軽く突き上げられて。アルファに、それも『運命の番』に求められたユリウスの体はすぐにまたオメガとしての熱を取り戻し。甘い喘ぎを零して。
 その後今までになく深く何度も繋がった。
 それはアルベールが少なくとも今日は痛みから解放されている。それが分かっているからこそ過ごせた時間、だった。


「流石にそろそろ一度顔を出さなければまずそうだ」
「!」
 翌朝、城に出かける前のアルベールの言葉に、ユリウスの胸がずぎりと痛んだ。彼の体の異変は前団長にはなかったという月二回の『何か』が関係していることがほぼ確定していて。それは同時にユリウスが彼の異変の原因に手出しすることが難しくなった事実を示している。
(またあの苦痛を親友殿が受けることになる……いや私と体を重ねなければあの痛みに襲われることはないのだろう……だが)
 それをアルベールは望まない。
「大丈夫だ、耐えられないようなものでもないしそう長い時間は続かない」
 それよりお前を誰かほかに任せるほうが嫌だ、と言われ。
 ユリウスは自分の無力感に苛まれながらも彼をただ見送るしかできなかった。
(何も手掛かりがない……)
 ソファに座り、膝上で開いた古書に視線を落としながら考える。
 アルベールに頼んでバース性について書かれた書物を片っ端から集めているが、彼のような症状の表記はどこにもなく。彼を苛んでいるものの正体の欠片すら掴めないままただ日々が過ぎていく。
 けれど何のために仕掛けたのかはうっすらと感じ取れていた。元からある程度は想像していたことでもある。
(おそらくアルベールに勝手に番ってほしくなかった……国か貴族の独断かはまだ分からないが……彼の番う相手を『誰かが』自分で決めたかったのだ。そしてその人物にとって、彼の運命の番が私であるというのは……)
 おそらく最悪な状況だろう。王から見放されているこの身がアルベールと番ってしまえば、国にしろ貴族にしろ、彼の婚姻によって得られるはずだった多くの利を失うことになるのだから。
 普通ならば、番となるべき相手を傷付けるような何かを施されているのならば、その場に乗り込んでその行いを告発することもできる。けれど。
(私では無理だ)
 アルベールは自分の番だと訴えればヒートが来ている事実を、この身に敵意を持っている者たちに知られてしまうだろう。そしてアルベールから引き離すためにどこか国外の貴族にでも売られる可能性が高い。
 一方通行の運命の番だと思っていた頃なら、彼が痛みから解放されるのと引き換えに離れることも選べたかもしれない。けれどそうではなく、アルベールも同じ想いをこの身へ向けてくれているのだともう知っている。
 だからこそユリウスは動けなかった。

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