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手掛かりは突然、意外な相手から齎された。
「俺達に話があるらしいんだが」
俺はこれから遠征に行かなければならないから、お前が話を聞いてくれ。俺としても一緒に聞けないのは残念だが。
朝家を出たアルベールがすぐに戻って来て、遠征の準備は自分も手伝ったのだし、忘れ物などはないはずだがねと疑問に思っていると。ドアを開け戻ってきた彼は意外な人物を連れていた。ユリウスが短い間ではあったが世話になっていた娼館の女主人だ。
彼女とともにアルベールを見送った後、茶の用意をしてテーブルを挟み向かい合って座る。カップに注いだのは少し甘みの強い紅茶だ。
話があると言っていたが彼女が自分たちに何の用事があるのか分からず、口を開くのを待っていると。
「……少し前に用があってこっちに出てきてたんだが、その時に騎士団長さんを遠目に見掛けてね……彼からほんの幽かにだが覚えのある呪いの気配がしてたからもしかして、と思ったんだ」
「!」
窓の外、アルベールが歩いて行った方角に視線を向けながら落とされた言葉に、ユリウスの心音が大きく跳ねた。
「……のろい?」
「前あんたがうちに居た頃、運命の番に振り回された恋人たちのおとぎ話をしただろう?」
アルベールに呪いが掛かっているというならばその正体を早く知りたいと心が逸るが、彼女が今話していることもきっと関係してくるのだろう。ユリウスは自らに落ち着けと言い聞かせながらぽつりぽつりと落とされる声に耳を傾ける。
「あれはね、私の娘とその恋人の話、なんだ。おとぎ話なんかじゃなくて少し前の現実で。そして呪いを望んだのは娘の恋人で……アルファの男」
彼女には呪法の知識があり、本来想う相手でなく望まぬ運命の番に出会ってしまい、結ばれることを良しとしなかった男の願いを叶えるために呪いを作った、と。
彼女の娘は想い合っていたはずの男が運命の番に出会ったことで、それを受け入れるならばまだしも苦しんでいるのを見て、自ら命を絶った。想い人を、大事な人を自分から解放するために。けれど彼女を心から愛していた男は運命に最後まで抗い続けたい、運命などというものに己の想いを否定されたくないと叫んで。
そして女性は運命の番が結ばれないための呪いを作る決意をしたのだと。
何年か前にどこから聞いたのかその呪いを教えてくれないかと身なりの良い男が尋ねて来て。娼館の維持費と引き換えに教えたと彼女は静かに呟いた。
「……あんたたちは娘とその恋人とは違うだろう」
だったら呪いを解くのは簡単なはずだ。
「え?」
「番わせないための呪いだ。痛みを乗り越えて番ってしまえば、その時点で呪いの効力は無くなる。呪いに打ち勝ったってことだからね」
ただ、番おうとした際には、アルファがオメガの項に歯を立てようとした際には今までにない痛みに襲われるだろう。
その後に小さく付け加えられた台詞に、解呪の期待に温度を上げていたユリウスの身と心が一気に冷える。
娘の恋人は痛みに耐えきれずに亡くなった。……酷く安らかな顔はしていたけれどね。
娘の恋人はバース性こそアルファではあったけれど、普通の、どこにでもいる青年だった。特に痛みに強いわけでもない。あんたの相手は騎士団長だろう。なら多分耐えられるだろうさ。それに、あんたたちはお互いに想い合っている運命の番なんだろう?
紅茶を飲み干した女性が立ち上がる。見送らなければと思うものの、衝撃的な話を聞かされたユリウスの体は重く、そして呪いを解こうとすればアルベールが命を落とす可能性すらあるのだと知って足が震え。ただ去っていく女性の姿を呆然と瞳に映すしかできなかった。
(……ひとつ救いがあるとすれば……父王が関わっている可能性が大きく減ったこと、か)
アルベールの命を危険に晒すような呪いを、父が許すとは思えない。それに父が望んだことだとしたら、アルベールがいくらユリウスを隣に立つ存在として、番として望んだとしても許可は出ないだろう。そしてその状況は己のためにいろいろ動いてくれているらしいアルベールの行動が全て無駄になってしまうということでもある。けれど今日の話を聞く限り父が関わっている可能性はかなり低そうだ。
番ってしまえばその時点で呪いは解けると言っていたが。その過程で命を落とす危険があるのだ。
アルベールに、親友に、想い人に、手に入れたのが月や星を掴むほどの奇跡だと思っている存在に。そんな真似をさせるなど、ユリウスにはできるはずもなかった。
「アルベール団長?」
城の壁に掲示された大きな張り紙を前に立ち止まっていたアルベールに、マイムから声が掛かる。暫く見つめていたから不思議に思ったのだろう。
「いや、今年はこれがある年だったかと思ってな」
張り紙に記されているのは剣術大会の出場者募集。レヴィオン国民であることと二十歳以上という年齢以外に特に条件はない。剣術大会と銘打ってはいるが使用する武器にも制限はなかったと記憶している。武力を尊ぶこの国で、力ある者を見極めるために開かれている大会だ。貴族にも平民にも平等に機会が与えられる、この国では珍しい場。開催にはそれなりに大きな費用が動くため、毎年行われるのではなく数年に一度のそれ。前回開催の際は年齢に達していないというのもあったが、特に興味もなかった。自分の力を誇示するような真似には関心がなかったから。ただ確か優勝者には望むものが与えられることになっていたことを思い出す。
(……騎士団の仕事、それに対する報いだけでは……ユリウスのことは言ってもあしらわれるだけの可能性がある)
ならば、これに出るのも良いかもしれない。この大会の優勝者は報酬を、望むものを大勢の前で宣言することになる。その場で彼を求めることが出来たら、王も問答無用であしらうような真似はできないだろう。
(暫く剣の稽古を中心にするか)
少し希望が見えてきた気がする。
マイムと並んで執務室へと戻るアルベールの足取りは、幾分軽くなっていた。
「これ、出るのかい?」
剣術大会の張り紙、その写しを手にしたユリウスがぽつりと呟く。娼館の女主人が訪れた際の話は彼から詳しく聞けていない。尋ねると彼が酷く苦しそうな表情を浮かべるので、無理に追及してその表情を更に曇らせるのは憚られた。だがいつかきっと彼の中で整理がついたら話してくれると思っている。
「そのつもりだ」
「……君が国内の者に負けるとは思えないしその心配はしていないが……」
何か大会の後に無茶をする気ではないのかい?
言葉にやはりユリウスは鋭いなと感心する。けれど今はまだ彼にそれを明かす時期ではないだろう。伝えるのは目的を達成してからだ。そうしないときっと彼に余計な心労を掛けてしまう。
「前にも言ったが、お前との憂いない未来を掴むために必要なことだ。俺は誰にも憂慮せずにお前とともに歩いていきたい。だから」
信じて待っていてくれと伝えると。
ユリウスは少し困ったような表情を浮かべながらも、仕方ないねえ、と返してくれた。
(……アルベール)
大会当日、密かにアルベールの姿を遠目にでも良いから見られないかと考えていたユリウスだが。アルベールを見送った直後にヒートが来てしまい。今はただベッドの上で彼の帰りを待っている。
良く出回っている市販のヒート抑制剤は余り効かなかったユリウスだが、アルベールが自衛のために持っていた薬などを研究して、数時間程度なら遅らせる薬の開発に少し前に成功しており。アルベールが帰宅するまではそれを飲んで耐えるのがここ最近のヒート時の常になっていた。
薬を飲み込んで目を瞑ると眠気が襲ってくる。今日のことが気になって昨日あまり眠れていなかったのも手伝い、ユリウスはすぐに眠りに落ちて行った。
「っ」
数時間後、目覚めるとほぼ同時に外にアルベールの気配を感じ。ベッドから跳ね起きて一階へと降りる。普段の自分ならまず取らない行動だったが、早く彼の無事な姿を確認したい気持ちが今日は強く、それ故のらしくない行動だった。
アルベールの、番となるべきアルファの気配を感じ取ったことで、薬で抑えていたヒートの熱が再びぶり返していたが、今はそれすら気にならない。玄関に辿り着いた瞬間、ドアが開きアルベールの姿が視界に映る。
腕や頬にかすり傷などは見えるが、大きな怪我はなさそうで安堵の息を吐きながら歩み寄ると。
「ユリウス」
名を呼ばれると同時に強くアルベールに抱き寄せられた。
「ユリウス……もう隠れている必要なんてない。俺の番となって、共に生きてくれ」
「!」
耳元で囁かれた台詞に、彼が『望み』を叶えたのだと知る。
「何を? 何を願ったんだい?」
尋ねるために出した声は酷く震えている。
「お前を物として扱っているようで本当はこういう形で求めたくはなかったんだが……これが一番の近道な気がしたから」
そう前置きしてアルベールが口にしたのは。
『ユリウスを番として欲しいと望んだ』
というもので。
「……何を他に差し出したんだい? 自分でいうのもなんだが君の番が私だというのは王やそれに連なる貴族たちにとって最悪に近い選択のはずで。ただ求めて許されるとは思えない……っ」
アルベールの望みを、何の条件もなしに王家が受け入れられるとはユリウスには思えなかった。アルベールの番、婚姻に関しては、王が呪いに関わっていなくとも、王家の意志を反映したものにしたいと当然思っていたはずだ。呪いに関わっていないとしても、アルベールにバース性の知識を正しく与えていなかったのも、きっと王家の意向だろう。
「これから先どんなに功績を上げてもそれらの報酬は一切いらないということ。そして……俺のこの国への永遠の忠誠を」
「なっ」
それはアルベールがこの先何があっても、生涯この国に縛られるということ。
「馬鹿じゃないのかい」
この身に彼のこの先の人生、その自由を奪ってしまうほどの価値があるとは思えない。それなのに。
「別にいいだろう? お前がこの国に居る限り俺も国から出る気はないし……お前にも国を捨てる気はないだろうし……騎士団での居場所をなくしても、この国に留まっていたくらいなんだから」
そう告げられて。
「本当に馬鹿だよ……」
繰り返すけれど、声は先程より更に酷く震えていた。
「ユリウス、正式な番になって欲しい。俺の番としてのお前の立場は得た。後は本当の番になれば……」
俺の憂いは少なくなる。今、ヒート起こしてるな? だったら抱く時に項を噛ませてほしい。本当の番になって欲しい。
この国の正式な番はアルファがオメガを支配するというのも含まれているから、お前を支配したいわけではなかったから。今まで言い出せなかった。でもお前がそれを受け入れてくれるなら……。
「親友殿……アルベール。私は初めて抱かれた時からずっと噛んで欲しかったよ。ずっと望んでいた。けれど……ひとつ言っておかなければいかないことがある」
誰が掛けたのかは分からないけれど、君の体には呪いが掛かっている。そうあの痛み、だ。あの娼館の主人が呪いの内容を教えてくれた。
君に掛けられているのは『運命の番と番わせないための呪い』。
城で呪いに必要な何かが行使されているのは確かだろうが、誰が掛けているのかは私には分からない。ただ、陛下や国の意志ではないと今日君の話を聞いて改めて感じた。彼らの企みなら君の永遠の忠誠を得られるとは言え、私が君の番になることを許容したりはしないだろうから。
解く方法も分かっているんだ。けれど。
その過程で君を失ってしまう可能性もある。君が私と番おうとしてしまえば、今までにないくらいの酷い痛みに襲われるはずで。
……現にこの呪いを受けた男性は命を落としている。
館の主人から聞いた話を、今まで伝えることを避けていたそれを、命を落とした男性の話を伝える。
「ユリウス、大丈夫だ」
「あるべーる?」
俺とその男とでは全く立場が違う。その男はむしろ死を望んでいたんだろう? 『運命』に恋人を間接的に殺された男が、『運命』と番いたいはずがない。だからその男は痛みに抗わずに死ぬことを受け入れたんだ。そしてそれこそが男の望む呪いの、それが齎す結果だったんだろう? お前を求めている俺とは違う。俺達とは違う。俺たちはお互いに求めあっている『運命の番』だ。
その先に望んだ未来があるのに、痛み程度で死を選ぶはずもない。
強い光を湛えた瞳に見据えられ、唇が重ねられて。
「ん、ふっ」
深く舌を絡める口付けに、熱を孕んだ身は崩れ落ちそうになり、その体をアルベールの腕に抱え上げられる。そして足早に二階、寝室へと向かう彼に。
ユリウスは抗う術を持たなかった。
「親友殿……」
ベッドに降ろされた際、見えたアルベールの顔色は少し悪く感じた。おそらく既に痛みを感じているのだろう。今日の彼は番うことを既に決意しているのだから。
彼を呼びその後に続けようとした、痛いんじゃないのかい? という台詞は。
「んぅっ」
再びの口付けによって止められてしまった。
「はぁっ」
アルベールの唇が離れ、乱れた呼吸を整えている間に体をひっくり返され、服も脱がされていく。ヒート時は薄着をしているから、身に纏った布はあっという間に全て取り除かれる。一旦アルベールの温度が離れたのを感じ振り返ると、彼も服を脱ぎ捨てているのが見て取れた。
「ぅ、んん」
下肢、その奥をアルベールの指が性急に暴いていく。いつもの彼に比べるとやや乱暴な動きだが、受け入れるための身体は異物感は覚えるものの、痛みまでは感じず。増やされていく指を歓迎するように中の肉襞が絡みついていく。
「ふ、ぁあ!」
指が抜かれた後。ひくひくと震える腰を引き寄せられ、中がアルベールの雄、その熱さと大きさで満たされた。
「ぁ、あひっ」
後ろから激しく揺さぶられ、喘ぎが零れる。そんな中。
「っ」
腰を掴んでいたアルベールの左手が離れ、後ろ髪を掻き分ける感触に。
ユリウスの身体に緊張が走った。
「あっ」
少し湿った温かいものが剥き出しになった項に触れる。アルベールの唇だ。
彼に抱かれる際に常に浮かんでいた、そこを噛んで欲しいという想いが、より強く湧き上がる。
アルベールは唇を項に落としながら、揺さぶる動きを激しくしていく。
「ーっ」
ずっ、と強く奥を突かれる感触に、ユリウスは中を締め付けながら達し、その直後。
「あっ」
項に歯を立てられ、感じた痛みに小さく声が上がる。そして体の内に広がったのはアルベールの精と、番として求められたのだという、彼の正式な番になったのだという歓喜の熱。
その幸せな熱に思考が流されそうになりながら、アルベールは大丈夫だろうかと振り返ると。
「!」
彼は柔らかい笑みを、今まで見せてくれていた以上に愛おしさを滲ませた笑みをこちらに向けて浮かべていて。
ユリウスは心からの安堵の息を零し、いつも以上の多幸感に、彼と確かに結ばれたのだという幸福感に包まれながら瞳を閉じた。
「ヒートが落ち着いたら……」
まずは二人で騎士団に顔を出そう。
ベッドの上、アルベールから囁かれた言葉に、ユリウスは彼の腕の中でゆるりと頷く。
「皆からからかわれそうだけどねえ、特に君が。オメガの女性たちをあれだけ遠ざけていたというのに選んだのは変わり者の私なのだから」と少し可愛げのない台詞を付け加えると。アルベールは「別に他の連中に何を言われても構わない。お前が俺を選んでくれた事実があればそれでいい」なんて大真面目に返してきて。
「本当に馬鹿だよ、君は……」
呆れを滲ませて呟いたけれど、頬がじんわり熱くなるのは止められなかった。胸の内もアルベールへの、運命の番への愛しさに溢れていて。きっと彼にも伝わってしまっているのだろう。こちらを見つめるアルベールの瞳は、優しく柔らかい光を湛え続けている。
アルベールの番として認められたことで、オメガとしての己の存在を隠す必要はもうなくなった。前と立場は違っても、アルファしか所属できない騎士団員には戻れなくとも。アルベールの隣に立ち支えることも、これからは許されるのだ。
(私の夢も……)
想像していた未来と形は大きく違ってはいても。密かに抱えていた夢もきっと叶えられるはずだと。
「んっ」
ユリウスは降ってきたアルベールの口付けを受け止めながら思った。
問題が全て解決したわけではない。むしろアルベールの正式な番となったことで、これからこの身に降り掛かる困難もあるだろう。彼に呪いを掛けていた相手が、諦めずに何らかの別の手段を使って再び仕掛けてくる可能性もある。けれどきっとそれらにも、彼と二人でならば立ち向かっていけるはずだ。彼にその想いを素直に音にして伝えることは気恥ずかしさが勝ってできそうにないけれど。
……今の自分たちは正式に結ばれた『運命の番』、なのだから。
ー月や星を求めても(WEB分)ENDー